5号

A-WASS通信 5号(2014年11月4日)の概要

  • 青龍殿大舞台建築顛末(A-WASS 副会長 網野禎昭)○スギ平角でつくる大型架構、他
  • 日光木材-板橋・仮想流域物語:平成 26 年、東京に新 しい”学びと施設“の 学校が誕生しました。 板橋区立赤塚第二中学校です。平成 20 年度か ら板橋区は教育委員さ んが中心になり『いた ばしの教育ビジョン』
    『学び支援プラン』策定が始まりました。森の贈り物研究会は教育 委員さんたちの努力に 共感して研究者・実践者とともに、教育委員、教育長を始めとした教育行政者、学校長さんたちと勉強会を 3 年間続けました。その間、福井県福井市立至民中学校、茨城県 大洗町立南中学校、愛知県犬山市の小学校など先進校に視察に行き、施設のあり方と先生方の授業への取り組みや子どもたちの学びの姿を学びました。ここから得たものが「板橋区学校施設検討会」で具体 的な板橋の学校づくりに生かされたのです。授業改善が板橋の学校改革の柱となり、福井大学大学院に 派遣された 2 名の先生が中心になり二中の授業改革が始まりました。稲葉校長先生(当時)は、生徒全 員が座れるホームルームの確保が絶対必要と主張し続け、2 本の廊下を挟んで教科教室とホームルームが 並ぶ第二中型教科センター方式が生まれました。

    赤二ホールに設置された「日光産の木を使っていること」を示すモニュメントです。校舎は RC 造ですが、中に入るといたるところに杉の木が使われ、いい香りがします。しかし、なぜ日光の杉なのでしょう。
    板橋区は昭和 58 年栃木県栗山村と「みどりと文化の交流協定」をむすび、区 と村の交流が始まりました。栗山村は現在日光市に合併されましたが、秘境の 湯と言われる湯西川温泉などをもつ森の村です。ここに平成 5 年 12.7ha の「板 橋区の森」がつくられ、区民の植樹など区民の活動が行われました。平成 23 年 東日本大震災のあと、よりつながりを深めることを願って板橋区長は日光市長 と「みどりと文化の交流協定に基づく木材の使用と環境教育についての覚書」を締結しました。この覚書の実行が赤塚第二中学校の校舎建築に生かされたの です。 坂本区長は、「板橋の森の木を伐採し、自分たちの学校に使う。森とまちをつなぐ学校づくりになり、子どもたちの環境教育になると考えたのです。これが、長澤悟東洋大学教授が構想する木材の仮想流域構想だと思いました」と、日光材に至った思いをお話し下さいました。
    製材の取りまとめをした日光市の八木澤さんは、「日光市林政課に呼ばれて、板橋区からの要望に応えるようにと言われた時はビックリしました」と、話してくれました。なぜなら、遠い東京の木の注文を 役所から言われるなど初めてのことだったからです。通常の仕事のほかに175㎥の木を用意するには、 原木を提供してくれる山を探すことから始めなくてはなりません。森林組合や素材生産者に相談し、ど うにかその目途がついたら、なんと板橋区の営繕課長がその木を見に来るというのです。山に案内し、 伐る予定の木を一本一本示して歩きました。営繕課長は「できるだけ、伐った木をすべて使い切る工夫 をしてください」と、注文しました。通常丸太を製材して用材として使えるのは 5 割です。図面から木拾いし製材での細かな調整が必要になるのです。平成 23 年 12 月~24 年 3 月にかけて木の伐採をしました。平成 24 年 4 月から 25 年 2 月に製材して板橋区に運びました。伐採した原木は 296.168 ?でした。 もう一つの大きな課題は伐採から製材・乾燥し納品までの資金繰りです。公共建築は工事完了・行政 の検査合格した竣工後にしか代金が支払われません。(予算執行としては当然ですが)しかし、森林組合 など山側には丸太代金の半分ぐらいは入れなくてはなりません。また、運送費や鹿沼の共販所の手数料 が費用としてかかってきます。約 1 年間のこのタイムラグをどう乗り切るかがのしかかってきます。ま た、都内の大工さん不足から、木工事屋さんの大工刻みの代わりにプレカットも製材所で引き受けざるを得ませんでした。この代金請求も年度末になりました。 うれしかったことは、都内の学校家具製造会社が無節の材を壁材やルーバーにまわし、節のある材は下駄箱、机などの家具に上手に使ってくれたことです。抜ける節は手仕事で接着し、木の美しさを損な うことなく、無駄なく木を使い切ってくれたのです。このおかげで、営繕課長さんの要望を可能な限り 果たすことができました。
    こんな苦労はありましたが、竣工後学校をお訪ねする機会があり、自分の製材した木が家具や階段の 壁面やルーバー使われているのを見ました。そして、その中で生活する子どもたちの姿や木の学校を喜 ぶ感想に直接接することができました。こんな経験は初めてでした。それは、材を確実に納めることが 仕事で、その材がどう使われているかは関わりのないことだからです。「苦労して長尺のルーバーを加工 した社員に写真をとってわたしました」と、山側の喜びを八木澤さんは語ってくれました。
    木の学校づくりの調査・研究に取り組んできた東洋大学「木と建築で創造する共生社会研究センター」 は、地域材活用のモデルとして、地域の木で地域の人々がつくる『地材地建』と木のたくさんある地域 とまちをつなぐ『仮想流域(昔の川)』構想を提唱しました。『仮想流域』は単なる物流ではなく、防災 協定・友好協定・子どもたちの宿泊体験など交流の物語を核に構想されたものです。毎年 5 年生が修学 旅行で日光を訪れる板橋と区の森を提供した日光市は、これを機に新しい物語をつくりあげると思いま す。しかし、この結びつきを持続しより大きな物語をつむぐには、山の人々とまちの人々が『顔が見え る』間柄であり続ける意図的な努力が必要です。森の贈り物研究会はそのための鎹になろうと思います。(森の贈り物研究会主宰    花岡崇一    日光市在住)

  • 二国レポート:「山元の木材価格引き上げの最後のチャンス 過去の林業バブルの後始末を急げ」

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