vol.33

木の学校づくりネットワーク 第33号(平成23年9月24日)の概要

  • 第二回埼玉県産木材活用の研修会:
    8月31日、子供たちの夏休みが明けるのを前に、ときがわ町で第二回埼玉県産木材活用の研修会が開催されました。町長の関口定男氏が講師・案内役として先頭に立ち、ときがわ町の協力で町内産材を活用した木造や内装木質化された施設をめぐるバスツアーとなり、川上や川中、川下にあたる市町村より43名が参加しました。
    面積の7割が山林であるときがわ町では、木材産業が盛んで、山林の活性化と教育環境の向上に効果がある町内の教育施設への木材の活用を①イノベーション②オリジナリティ③ローコストマネージメントをモットーに率先して行ってきました。各施設の視察に先立ち内装木質化された勤労福祉会館で行われたレクチャーでは、コストや時間がかかる、火災に弱い、傷みやすいといった、内装木質化に対する不安に対し、関口町長から町内の事業を例に、経済性や情操面への効果の他、特に梅雨の季節でも廊下の結露が起こらない、冬期にも湿度が保たれると環境面への効果についての指摘がありました。
    関口町長からはそれぞれの市町村での取組みを激励する言葉を受けるなか、研修会の参加者にとっては、コストやメンテナンスへの配慮とバランスを取りながら地域材を活用する手法を、実際に床表面をはつり手入れをされた学校の姿や、流通材と地域の木材を併用する工夫から目の当たりにする貴重な機会となりました。
    (文責:樋口)
  • WASSへの投稿文:「地元の木材を活用した学校づくり」清水公夫 氏(清水公夫研究所):
    私は2年前、WASSの第12回「木の学校づくり研究会」において「設計者からみた木の学校づくりの現状と課題」というテーマで木材の利用の仕方が異なる3つの統合小学校について講演をした。この講演が縁で現在もWASSの研究会と係わっている。
    〈宮川小学校〉
    事例の1つの宮川小学校(写真1~3)は福島県会津美里町にあり、雪国としては積雪量があまり多くない会津盆地に位置している。この学校は5つの小学校が統合された新設校で、町当局からは地元の杉材を利用した木造建築を要望された。校舎は13クラスで、4000㎡近い延床面積となり、敷地の広さから屋根からの落雪や除雪を考えると平屋建ては難しく2階建となる。2階建の木造校舎の事例はあるが、私の考えは一部木造の平屋建てとRC造の混構造、杉材の利用方法、また、屋根からの落雪の処理、除雪も考慮した提案であることを説明し、町当局の了解を得た。雪国に住んでいる人々は常に屋根の落雪の雪処理をどうするかを考えた生活をしている。平面構成の段階で屋根の形など雪に対して十分考慮した設計が求められている。
    基本設計は子供達、先生方、地域の人々とワークショップを行い、どのような学校をつくりたいのか、設計者から細かい説明をし、参加者からの意見をくみ上げ、設計内容に反映していった。「木」については地元の山から木を切り出し、製材し、製材品をつくり出す流れをつくるため、山林の所有者、伐採・切り出しをする林業者、製材業者の10社による地元産材供給連絡協議会が設立された。スムーズな製材品の流れをつくるため、お互いの立場に配慮しながら話し合った。設計段階で構造材、板材など製材品として必要とする量を提示し、協議会はどの山を切り出すか、1本の木材から歩留りの良い製材方法など無駄なく使う方法を検討した。設計の最終段階で構造材の大きさ、板材の厚さ、使用部材の寸法、使用する箇所の入った図面を提示し、協議会に見積書を求めた。一般的には木材の金額は建設工事費の中に入っているため、建設業者と木材業者が交渉して金額は決まるのだが、今回は建設工期と木材の切り出しが冬季間にかかるため、設計段階で木材の金額を決め、建設工事費の中に組み入れた。参考として一般流通材の見積金額と比較すると協議会からの見積金額と差があり、全体の建設工事費のバランスの調整に時間を取られた。町内の杉山には50~60年の成木が多く、町当局もそれらの杉材を使用することで、林業・製材業で働く人への雇用にも配慮している。金額の調整に時間がかかったのは、設計の算出量と建設時の使用量の差をどうするのか。建設時の使用量は一般的に多くなるため、どのくらいの量を確保するのか。施工会社の安い金額の提示に対してその差をどうするのか、など細かい詰めをした。支給材ではなく、あくまでも建設工事費の中に組み入れることが町当局の条件だった。建設工事が始まり、施工会社が再度使用材の量を算出し、協議会とスムーズに契約した。
    以上が地元産材を活用し、建設までの流れであるが、「地元産材の使用」の条件を特記事項に明記し、決定された施工会社には材料供給先の連絡協議会に見積りを依頼することを説明した。協議会と施工会社がスムーズに話し合いが出来たのは、設計書の使用材の量と施工会社との量とにあまり差がなかったことと、製材品の品質をどこまで許容できるかを設計者と協議会とで話し合っていたため、協議会は原木から製品化できる量を算出して、原木の本数を確保していた。木材の割れやそりの発生を少なくするためにどのような施工方法があるか、8mの丸太の柱に対し、背割れを入れても割れが発生した時はどうするかなど、初期の段階で施工会社、協力業者の大工、連絡協議会と細かい部位まで打合せをした。細かい打合せは細部まで確認しておくことで設計者の意図を伝え、施工の手戻りを少なくし、品質の良い建物をつくることを心がけているからで、木工事だけでなく、施工会社を通して他の職種にも設計者の意図を伝えている。
    使用木材量は360m3 で、木造平屋建て(低学年棟)に構造材・内装材として90m3、食堂等の集成梁にラミナ材として110m3、外装材・内装材の壁・天井材、二重床のフローリング下地の床板として160m3 を使用している。特に外装に杉板を張る場合、雨風にさらされ、腐れ、色褪せが起こりやすいため、塗料や軒を長くして直接雨が当らないようにするなど、長持ちさせる工夫をしている。構造計画としては、低学年棟は中央に丸柱を立て軸組を構成している。食堂は一般的な集成材にて計画している。
    〈山の木を使って設計する〉
    山林所有者から製材業までのネットワークの組織と山の下見から切り出しと、設計段階から係わったのは初めてのことである。1988年に設計した幼稚園(園舎と体育館で2596㎡)が初めての大規模な木造建築で、当時はまだ、木の流通にはあまり関心がなかった。今から20年前、林業者と山林に入った時、林の中は手入れがなく、切り出しても原木が安く、経済的に合わないという話だった。このままでは山が荒れてくると思った。その後、木材を使用した建物を意識して設計するようになった。
    幼稚園・保育所・平屋建の小学校など木造建築を設計してきたが、木造建築の提案に対し、発注者には公共施設はS造・RC造のイメージがあり、高どまりの建築コストも障害になり、話し合いに時間がかかった。建設された木造建築の内部空間の良さなどから、最近は発注者も木造に関心が高まり、積極的に木造建築を求めるようになった。
    30年近く会津地方の豪雪地帯の公共施設を設計し、春夏秋冬に変化する山々の美しさの中で仕事をしてきた。遠くからは雑木林の中に豊かな杉林が見えるが、50年以上経った成木の林である。杉林の中に高齢林や新しく植林された若齢林が少ない。外国は木を切り、再植林を繰り返し森づくりが行われていると聞くが、成木の伐採後は雑木林になっていくのではないかと思われる。町村には建設業の従事者が多いのに林業者の従事者は少ない。今回のプロジェクトで山の所有者、林業者、製材業者と話をすると65歳以上の高齢の従事者が30%以上で、毎年従事者が減っている。危険と隣り合わせのため労働 災害が多く、労働安全への取り組みが遅れている。他産業より賃金も低く、1日1万円前後では労働力の確保が難しく、成木を間伐することもできない。今の林業組合の体制でこの地方の森林面積を担うのは難しいなど、林業の現状を知ることができた。
    今回の木材は手入れされた山林から切り出したが、集成材のラミナ材として製材した中で強度不足の部分が多くあり、原木の本数は増えた。また、一般流通材の単価に少しでも近づけようと使用する箇所を増やし、分止りを上げることに努力したが、切り出す原木の数を下げることは難しかった。
    〈山と向き合う〉
    ばらつきのない製材品として品質の確保された材木を流通させるためには、山の管理はもちろんのこと、中山間の人口は減少し、地域経済が疲弊している現状を知り、林業は地域に根ざした産業であることを地域の人々は自覚することが大切と思う。豊かな集落が限界集落となるなど、地域の経済の現状を知り、地元産(県単位)の木材で地元の職人が仕事ができる設計を心がけている。建物の建設を通して職人の働き場をつくり出し、少しでも地域経済が活性化することに配慮している。構造材も集成材を使用しないで、一般流通材で構成することに取り組み、温もり、肌目、触感といった木材固有の特質を意匠に反映し、豊かな内部空間をつくることに努力している。熱・音の絶縁にも有能さを利用し、環境づくりに使用したいと考えている。
  • 第30回木の学校づくり研究会より「地域材と向き合う」講師:有馬孝禮氏(東京大学名誉教授、前宮崎県木材利用技術センター所長)、工藤和美 氏
    (東洋大学理工学部建築学科教授、シーラカンスK&H代表):
    今回は木材について長年研究をされている有馬孝禮先生と木の学校の設計者である工藤和美先生を講師として開催された。
    有馬孝禮先生は1942年生まれ。東京大学農学部助手、建設省建築研究所研究員などを経て、東京大学農学部教授。その後、宮崎県木材利用技術センター所長を務められ、現在、独立されている。
    建築研究所ではわが国への2×4(ツーバイフォー)導入に関する実験を数多く手がけられたということであった。
    著書は「なぜ、いま木の建築なのか」(学芸出版社)、「木材の住科学―木造建築を考える」(東京大学出版会)、「木材を生かすシリ-ズ 木材は環境と健康を守る」(産調出版)など。
    講演では木材、特に杉についての木材の性質についての説明から始まり、木材を使い建築することがいかに二酸化炭素排出削減につながるかということを強調しておられた。
    また、地域材を活用していく方法として、地域材を使う住宅建設のグループについては製材の人々が中に入っていることが円滑に運営しやすく、また、建主や木を売る側が金額に対して過度の期待を持たないことがポイントとなることなど、経験からえた知見がのべられ、社会で実際に木を活用していく上での重要なことを知ることができた。
    また、国際化の中での木材資源ということで、価格は国際相場と結びついており、為替レートや円高が関係していることが理解できた。
    最後に、木の建築材料としての利用は貴重で、チップに流れてしまうと木材産業が成り立たなくなることという警告も心に残った。 
    次に建築事例の紹介があった。宮崎県の全天候型運動施設「木の花ドーム」の例では、木材を多く使いながら、適度に鋼材などで補強し実現している。このように実際の社会の中での木材の使用については、構造でも人と人との連携でも、様子を見て「ほどほどに」行うことが重要であるということであった。「ほどほどに」というのは、様子を見ながら、調整しつつ、行うということで、長年にわたり社会の中で木材使用を実現してきた、先生からのこの研究会で我々にいただいた大切なヒントといえよう。 
    植生の未来予測の説明からは、森林を維持していくために、これからも植林し、森林を未来へ残していくべきであることも理解できた。
    木材の性質については改めて乾燥と木材の関係の複雑さを理解した。先生の書かれた書物で読んでも理解できないことが、先生の説明をお聞きし、理解することができた。木の等級は上下ではなく選択の指標であること という説明も木に関するしくみを理解する上で貴重な一言であった。
    木の学校についてのメッセージとしては、「木造校舎」はひとつの単語で意味を持つ。「コンクリートの校舎」という一つの単語はない・・・・という先生のしめくくりに、WASSの一員として、確かにそうであるという、発見と同意の気持ちをもった。
    工藤和美先生からは計画中の山鹿小学校と川辺小学校の統合小学校についての詳細が紹介された。地域との関係を重視した基本計画では、学校が山鹿市の千人灯籠という行事のフィールドとしても工夫されていることが理解できた。
    屋根架構への地域の杉材の利用など、部材寸法を含めて具体的に紹介された。その中で、構造的な強度を確保するために、杉材に加えて桧材も使用した経緯を話された。
    これについては前半のご講演者有馬先生の言われる「ほどほどに」という考え方が当てはまるわけで、完璧、完全に杉を使用せず、他の材も受け入れたことに対して、その後の議論でも、会場の参加者から賛意が示された。木の建築を社会で実現するヒントがつかめた意義深い研究会であった。今後の展開が楽しみである。
    (文責:宮坂)


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vol.25

木の学校づくりネットワーク 第25号(平成22年12月18日)の概要

  • 第3回木の学校づくりシンポジウム開催のお知らせ
  • WASSの提案~「地域材」を用いた木の学校づくり~:
    ■木の学校づくりを取り巻く社会状況
    学校は子ども達の教育の場として地域の人々が一体となって作り上げていくことが多く、木材が利用された学校づくりが各地域で行われている。また、その際には地域のシンボルとなる建物であることから、地元の木材を利用されることが多い。今年の10月には公共建築物木材利用促進法が施行され、今後は全国的にも木の学校が多くなる方向に向かうと考えられる。一方で、木造建築に対する構造や防火における建築基準法上の制約、建材としての木材品質基準の確保、木材産業の衰退などの社会的な状況が木の学校づくりの上で大きな課題となっていることも確かである。
    WASSでは木の学校づくりを主軸として、木を建築に使いやすいような共生社会システムの構築を大きな目的としており、ここでは「地域材」を用いた木の学校づくりを提案する。
    ■「地域材」を用いる意義
    一般流通材としての国産材ではなく「地域材」を対象としているのは、以下の点で「地域材」が地域の循環に欠かせない要素であるからである。
    ・山の循環:
    伐採→利用→植林のサイクルを成立させることで山の保全とともに地域の環境を守る。
    ・経済の循環:
    川上から川下まで地域に関わる業者の経営が成り立つ。山の循環のためには対象とする山の林業関係者に植林のための元手が残ることが大切。
    ・技術の循環:
    木の学校づくりに関わる地元の林業、製材業、建築関係者が持つノウハウ・技術を伝承する。
    ・社会の循環:
    子供たちに持続可能な未来を託す。将来的には国産材を用いて、日本全体での循環が成功することが重要であるが、現在の状況から地域の循環をその第一歩とすることが共生社会システムの構築につながると考えている。
    ■地域材を用いる際の現状と課題
    一方で、地域にある木材に限って木の学校づくりを進めるためには、現状では様々な困難がともない、それぞれに工夫が必要である。木の学校づくりでは
    ・必要な大量の木材を必要な時期に集めることができるか?
    ・適切な品質の木材(樹種、断面寸法、スパン、ヤング係数、強度など)が手に入るか?
    といった課題があるが、市町村という狭い地域であることにより、これらの課題はより大きな影響を及ぼすことになる。
    例えば、地域の森林蓄積量が限られている、または製材工場の規模、数が限られているため、必要量の木材を入手することがもともと困難である可能性がある。また、要求されている木材の品質を満たすことができるかどうかもJAS認定工場や集成材工場の有無に左右される。以上の内容は地域の範囲を市町村から県単位に拡大しても発生する課題であるのが現状である。
    こういった状況の中でそれぞれの地域で木の学校づくりに取り組んだ事例を以下に紹介する。
    ■大分県中津市鶴居小学校体育館の建設
    山間部の町村と合併して地域林業に振興に直面することになった中津市では、地域林業の活性化と山林資源の有効活用を目指し、「地材地建」をモットーに市内の学校施設への地元産材の利用の計画が立てられた。学識経験者、地元業者(設計事務所、建設業、木材業)に参加を呼びかけ「中津市木造校舎等研究会」が発足し、木材を活用した木造校舎等の建設構法の研究として、近隣や遠方の林産地における木の学校づくりに取り組みへの視察やアンケート調査が行われた。研究会活動を通じて見えてきた主な課題点として①無理のない木材の選択、②木材調達のタイミングへの配慮、③在来技術の活用が上げられた。具体的には①は地域で一般流通している材種、材寸、強度、価格を無理なく設計に反映させること、②は長大材や多量の木材の短期間の調達は困難であり、特に乾燥の期間に充分に配慮すること③は地域への経済効果と技術・技能の伝承に配慮して地域の大工で対応できる在来技術を活用することである。プロポーザルにより選ばれた地元の設計者から山国川流域の県産材のヒノキとスギを用いた総木造の屋内運動場案が計画された。コストの抑制も見込み、金具の代わりに伝統的な仕口加工が採用され、地域の技術を活かされることになった。木材調達については、木材の性能評価の方法と乾燥、製材、加工のプロセスを検討する「地材地建の達成に向けた市内業者等勉強会」が開催され、2カ年事業とした初年度に冬季伐採が行われた。その一方で、一般に流通していない長大材の使用分部が多くなったため、その部材の加工と乾燥のために鹿児島県の木材業者に特殊加工を発注することになった。こうして中津市が目指した「地材地建」の取り組みの目的を達しつつ屋内運動場は建設された。しかしそのプロセスでは技術力のある他県の業者との連携がなければ実現しなかった点をどうとらえ今後の取り組みにつなげるかが課題点として残された。
    ■秋田県能代市における木の学校づくりの蓄積
    実は林産地であっても地域内の木材で完結するような「地材地建」の姿を見ることは少ない。秋田スギの産地として知られ90年代以降木の学校づくりを継続的に7棟建設してきた秋田県能代市では、いずれの学校においても県産のスギと併用してベイマツの集成材が主要構造材として用いられてきた。現在の学校の教室を設けるためには、およそ8mスパンを架け渡せる強度の木材がまとまって必要となるが、住宅等で用いられる一般流通材よい強く長く、太い木材が必要となるため、特殊な発注となるため、必要となる木材の量を賄うことは容易ではない。そのため能代市では学校の建設が決まると基本設計がまとまるとホームページ上に必要となる木材の量を公開し、あらかじめ業者内で調達の準備を促す工夫が見られるが、設計変更の可能性や求められる性能と量の問題から木材調達の負担の大きい横架材には、あらかじめ強度や供給体制が安定した集成材を用いている。敢えて地域だけでまかないきらないこと。これが地域材を活用しつづけつつ設計者、製材業者、発注者の負担を軽減するために、自らの木材供給の実態を熟知した地域が、選択してきた方策である。
    ■「地域材」を用いた木の学校づくり
    地域で工夫を行いながら地域にある木材を用いた木の学校づくりを実現した事例を見てみると、地域の中だけで対応できた部分、対応しきれなかった部分が存在する。このように地域の中だけですべての課題を解決しようとすることは困難であることが多い。そこで自分たちで対応可能な部分とそうでない部分を明確にし、対応しきれない部分は他の地域の助けを受けながら木の学校づくりを進めることが重要となる。つまり、地域の概念を従来の範囲から広げ、ネットワークを通じてつながっている他の場所も含めて地域としてとらえる“開かれた「地域」”という考え方が必要となる。そして、ここでは“開かれた「地域」”において用いられる木材を「地域材」として扱う。
    この考え方は、山林を持つ地域における木の学校づくりとともに、都市部などの森林資源を持たない地域においても適用することが可能である。例えば、都市部の木の学校づくりでは、自治体内に山林を持たないため様々な地域から木材を調達することになるが、どの場所にどのような木材がどれだけあるかが分からなければ、必要な量及び品質の木材を調達することができず、大きな困難をともなう。そのため、都市部と山側とがネットワークを構成することが重要となる。そこでは、山側は供給可能な木材の情報を提供し、その中から利用者が必要な木材を選択できるようにしなければならない。また、一方で都市部では今後の事業の内容と方針を開示する必要がある。こうして、都市部が信頼できる山から供給される「地域材」を用いることで、必要な木材を調達することが可能となり、都市部における木の学校づくりを進めていくことが可能となる。また、一方で山を持つ地域も安定した木材供給が見込め、山の保全や木材産業の継続的な経営につながる。
    このようにネットワークを介して各地域がつながることによって“開かれた「地域」”が構成され、木材を必要とする地域にそことは離れた場所にある林業の盛んな地域から木材が供給されるような木材活用のあり方を仮想流域構想として提案する。
    仮想流域構想で特徴的な部分は、山を持たない地域も木材供給地域の山林を自分の「地域」の山としてとらえ、「地域」全体としての循環を考えていくことにある。つまり、トレーサビリティによる供給される木材の確実性やそれにともなう山への経済的な還元、伐採及び植林による山の循環など「地域」の持続可能な未来がなければ、いずれ「地域」の関係性もなくなり、現状へ逆戻りすることになる。このように、山から乾燥、製材、木材利用までお互いに顔の見える関係を構築し、再造林へつながるような仕組みとすることが非常に大切である。
    また、こうしたネットワークを都市部が複数持つことにより、競争原理により一方的な価格の上昇を抑えられ、品質の面でも多様な要求にあった木材を選択することができ、大規模生産が可能な流通材だけではなく、地域特性に応じて細かい対応が可能な小規模の製材所が活躍できる可能性がある。
    仮想流域構想が成立するためにはネットワークとなる対象地域の選定や範囲、トレーサビリティ等の具体的な手段の整備、山の循環につなげるための経済的な還元システムの構築など様々な課題がある。これらのことを踏まえた上で、WASSでは今回提案したこの概念が実現し、現在大多数である鉄筋コンクリートの校舎と同様に普通に木の学校建築が建てられ、持続可能な社会を作り上げることにつなげられるように様々な問題に取り組んでゆく。
  • 第24回木の学校づくり研究会より「集住の木造欧州の事例から中層木造の在り方を考える」講師:網野禎昭氏(法政大学デザイン工学部教授):
    ■伝統木造にみる多層化の意義
    近年、ヨーロッパでは木造建築で7〜9階建ての木造建築が建てられるようになってきた。ヨーロッパでは歴史的にも16世紀に7階建ての木造建築ができているので、今の中層木造の流行もあまり違和感がないのかもしれない。一般的には山岳地とか城趾内や都市部のような土地の高度利用から木造が中層化したということが考えられるが、実際には広い牧草地の中にも中層の伝統的な木造建築が建てられていることから、木造を大きくしていくことで、外部に接する壁量を減らしたり、暖房設備を共用することができ、施設をたくさんまとめていくことでインフラを効率化したりする効果があったのではないかと考えられる。またそれは暖房や冷房のエネルギーを節約しなければいけないという私たちが直面している状況に対する課題点でもある。
    ■現代の地域インフラに見る多層化の意義
    オーストリアの林山地では林の中に小さな街が点在するような地域ながら3~4層の町役場が建てられている。田舎に大きな建物を建てると、多機能化することになり、カフェや幼稚園、図書室、オフィスと様々な機能が組み込まれることで、子供がいなくなったら廃校というような建物ごと閉じるような状況を無くし、建物の価値を長寿命化することができる。建物を一つにまとめ多機能化させて、外皮をコンパクトにする一方で、敢えて大きな面積を作ることで、屋根に大規模な太陽電池の装置を備え周囲の家に電力を供給したり、地下にペレットボイラーを備えることで、仕事帰りの林業従事者が出す大鋸屑ゴミなどを投げ入れてもらい町役場の周辺の建物の暖房をまかなっている。中高層というと私たちは直ぐに都会を思い浮かべるが、大きな建物を造るメリットを建物単体だけではなくて、周りの地域も含めてつくり出すことで、過疎地域や林業地域などで様々な可能性を見出すこともできる。
    ■住環境・施工をふまえた構造形式の選択
    中高層というと地震国日本では構造耐力に目が向けられるが、実は集住を考えたときに断熱や音など環境という要素が非常rに重要になってくる。環境基準を満たすために、断熱材が厚くなるとそれを支持する間柱が太くなり、間柱自体が載荷能力の高い枠組み壁になってしまい、構造体と間柱が重複する状況が生じてしまうからだ。実際ヨーロッパでは1990年代〜2000年の初頭に体育館をやっていた木造専門の構造事務所が最近は環境設計、物理設計まで一緒にやるようになってきた。また壁や床といった構造エレメントの工場生産による施工の経済性の追求されるようになると、建物のそれぞれの部位に求められる構造性能、環境性能、施工性のバランスの中でエレメントごとに構造を決定する設計手法がみられるようになる。
    ■ブームで終わらせない木造建築の在り方
    1990年代後半は日本もヨーロッパもヘビーティンバーブームで大断面集成材の建物が建てられたが、ヨーロッパでは1998年くらいを境に無くなり、それまでドーム建築を設計していたところが、集合住宅やオフィスや学校などより日常的な人間の生活に結びついたものにシフトして、木造建築の体質の変革がおこった。そして木造建築で学校や集合住宅を建てられる事がわかると設計手法の普遍化が議論になった。一方で日本ではまだ木材会館のように高度な木材の使い方と技術を用いたシンボルを作ろうとしている。公共建築木造化法が施行され、日本でも大規模木造建築が建てられるようになった後、誰がその担い手になるのだろうか。主に在来工法構法をやってきた大工が、対応できるのか疑問も残る。日本では高度技術を統合して適正化することが話題にならないが、集合住宅や学校は私たちの生活の一部を作る場所であり、特殊解では困る。そういう意味で今日本は非常にデリケートな時期に差しかかっている。
    (文責:樋口)


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木はいいんだプロジェクト

A-WASSでは、調査研究「地域材の利用とりわけ木造・木質建築物が発揮する多面的な機能の体系的整理」(通称:木はいいんだプロジェクト)を進めています。

本プロジェクトは、木材や建築など関連分野の学術関係者をはじめ、幅広い関係者の参画のもと、その多面的機能を網羅的・体系的に整理することにより、木材、とりわけ地域材(国産材)を利用することの意義についての理解の増進につなることを目的としています。

平成26年度は、「緑と水の森林ファンド」(公益社団法人 国土緑化推進機構)の助成を得て、文献及び現地調査を行い、地域材の利用がもたらす効果について整理し、報告書にとりまとめました。

報告書はこちら

調査結果(要約版)はこちら

調査研究の趣旨

森林は、国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、公衆の保健、地球温暖化の防止、林産物の供給等の多面にわたる機能(多面的機能)を有しており、日本学術会議によれば、わが国の森林は、貨幣換算できるものだけでも年間約70兆円の機能を発揮している。

他方、建築物の木造化や木質化は、「第二の森林」を創り出すことにも例えられ、森林と同じように、地域の振興や炭素の貯蔵、教育面、健康・心理面での効果など多面的な機能を発揮している(し得る)ことが明らかになってきているが、これら木材の利用が有する多面的な機能については、森林のように網羅的・体系的に整理されていない。

このような中、我が国の森林資源は、戦後造成された人工林を中心に確実に成長・充実してきており、これら森林資源を持続的・循環的に利用していくためにも、木材利用の意義を体系的に整理し、建築等の木材利用に携わる関係者をはじめ国民・消費者に対しわかりやすく提示していくことが急務である。

そこで、本調査研究は、木材や建築など関連分野の学術関係者をはじめ、幅広い関係者の参画のもと、これらの機能を網羅的・体系的に整理することにより、木材とりわけ地域材(国産材)を利用することの意義についての理解の増進につなげようとするものである。

 

有識者と会員・会友等有志による検討会を開催しました
有識者と会員・会友等有志による検討会を開催しました

P1010937 (640x480)

P1010742 (640x480)
栃木県鹿沼市で現地調査を実施しました