vol.11

木の学校づくりネットワーク 第11号(平成21年8月1日)の概要

  • 巻頭コラム:松下吉男(東洋大学理工学部建築学科准教授、博士(工学)、建築構造学):
    さて、WASSの研究に直接関わることの少ない私ですが、これまでの私生活や研究活動を振り返りながら木材との関わりについて改めて思い起こしてみたいと思います。
    私生活において木造との関わりは、中学校まで学んだ校舎と、高校まで過ごした田舎の家でしょうか。当時としてはごく当たり前の2階建て木造校舎ですが、母校は防風林としての松林を切り開いた砂地に建てられ、現存していませんが今思えば自然にマッチしていたものの自然災害に良く耐えてくれたなという印象が強いです。余談ですが映画俳優の加藤剛さんも同じ校舎で学ばれた内のひとりです。一方、木造の自宅は台風の進路に当たるということもあって、“ミシミシ”という不気味な音に不安な夜を過ごしたことを今でも覚えています。台風のときは棟が飛ばないようにロープで補強したこともありました。
    次に、木材に関連し話題の多かった施設など、実際に見学した物件の一部を紹介したいと思います。長野オリンピックのメイン会場となった通称Mウエーブの木造吊り屋根は、集成材で鉄板を両側から挟みこむ構造となっており、信州の山並みをコンセプトにした世界最大級の規模のアリーナでした。建設当時研究室で見学に行ったことを覚えています。一方、旧丸ビルの独立基礎の下に約15メートルの北米産の松杭が全部で5,443本使用されていたということが話題になりました。その内の1本が新丸ビルの1階床に展示されていますが、80年ほど腐食しなかったことは驚きです。水分が多く酸素が少ないと腐食しにくいという木材の性質を承知の上での利用だったのでしょうか。
    木材を利用したハイブリット基礎構造の研究について紹介したいと思います。企業との共同研究として行ったその研究は、冷凍倉庫の床版と杭との間に木材を挿入するという内容で、断熱効果と杭頭の非固定度化を目的としたものです。これまで地震によって杭の破損が多く発生し、その原因として杭頭の固定度が指摘されていました。上部構造を支えかつ固定度を減らす構造として、杭頭の上部には繊維方向、側面には半径方向に木材を並べ実験を行い、その結果地震時に杭頭が木材にめり込み固定度を減らすことを検証しました。木材は基本的には脆性的な材料ですが、唯一めり込みという靭性を利用したもので、現在数棟の冷凍倉庫に利用されています。
    とりとめも無く思い当たることを書いてきましたが、現在日本全国で森林が悲鳴を上げているとも聞いています。一刻も早い対策が必要とされている中、木材の新たな活用としてバイオマス・エネルギーの研究も行なわれているようです。間伐材の利用が促進されれば森林資源が循環され、主伐材の利用も高まることになります。WASSの研究成果がこれらの発展に役立つことを期待しております。
  • 最近のトピックス:「第10回 木の学校づくり研究会報告」:
    2009年7月11日に行われた木の学校づくり研究会では、これまでの調査や木の学校づくりの現状を踏まえて、設計者・木材業者・行政関係者などの「木」に関わる方々とともに様々な議論を行いました。その一部をここに掲載いたします。
    ■日本の木材業界でのやり取りの難しさ
    -先日、木材をある製材所でいくつかの用途に分けて製材してもらったのですが、家具用に節だらけの材料を取られてしまうという出来事がありました。
    今までは製材業者に対して寸法・用途を指定すれば、上手に取り分けていたので、普通に出来ると思っていたのですが、今回の製材業者はそれが分からなかった。
    -外材の木材貿易では、用途別ではなく、もっと細かにグレードや節の大きさなどを書いた仕様書をもとに契約が取り交わされます。日本の場合はそれを言わなくてもだいたい分かっているはずだということになっていて、用途で言っても通じない場合があります。
    -仕様書のお話がでましたが、話が通じる人同士の場合には同意できるんですが、それを細かくやりすぎると、話が通じない人にしてみるとコスト的なことが問題になってしまうんですね。地元の材を使うのにそこまでやるのか、ということもあり余計に話が通じなくなることもあります。
    -使う材の用途によってどういうものが必要かということを見極めるコーディネーターが必要だったのではないでしょうか。仕様書に代わるものとして、分かっている方がいれば、うまく選ぶことができたのかもしれません。製材屋もそういう目が必要なんですね。
    ■「やわらかくつなぐ」
    -学校の設計の現場において、市町村の方々は地場産材を使いたいということはすごい意識をしているんです。ところが、個人的には地場の材を使うから節があっても当たり前だと思っていることが、役所の担当者も保護者も工業製品などのきれいなものに慣れているので、「気持ちが悪いなどのクレームが来るから、なるだけ節があるものを使わないで下さい。」ということをおっしゃるわけです。それで逆に仕様書を作ると、山や製材の方にしてみるとコストが高くなって、「この設計事務所は分かっていない。」という感じで、板ばさみになってしまいます。それを交通整理していく役目があるな、というのは感じていて、「それぞれを如何にやわらかくつないで言語を統一していくか」というのがすごい大事なことだというのが色々設計してきて分かりました。
  • WASS研究室から:「RC校舎の内装木質化工事の調査」:
    今夏、埼玉県のある学校でRC校舎の内装木質化が行われることとなり、現在工事が進行中です。耐震補強工事などと同様に、こういった既存校舎の工事の多くは生徒のいない夏休み中の短期間に実施されることになります。また、この学校では内装材に地元の木材を利用するということで、地域産材を活用するための方法や、それによって生じる様々な課題なども見られます。
    WASSでは昨年度から、木材の発注・準備・施工・使用量なども含めて、この事業を対象とした調査を行っています。今後も様々な地域でRC校舎の内装木質化工事が行われていくと予想されますが、
    今回の調査・分析をもとに、木質化の手助けとなるような提案をしていきたいと考えています。


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vol.6

木の学校づくりネットワーク 第6号(平成21年3月14日)の概要

  • 巻頭コラム:「京都市の景観保全のための独自の防火規制への取り組み」野澤千絵(東洋大学工学部建築学科准教授):
    都市計画の分野では、過去の自然災害や大火等による甚大な都市災害の経験から、都市の不燃化が災害に強いまちづくり実現のための主要な方針の一つとなっている。そのため、都市の中心市街地、主要な駅前、官公庁街、幹線道路沿道など不燃化の必要性が高い地域などに、建物を燃えにくい構造とするように規制する「防火地域」「準防火地域」が都市計画で定められている。その一方で、我が国の歴史的な都市は、一般的に、狭い道路に歴史的な木造建物が密集した都市形態が多い。
    わが国を代表する歴史都市・京都では、都心部に木造の京町家が建ち並んだ歴史的な景観を有する地域が多く、こうした地域に準防火地域が指定されている。例えば、歴史的に独自の建築様式を有するお茶屋の立ち並ぶ祇園町南側地区では、地区特性に応じた独自の景観基準を定め、当地区固有の景観保全の取り組みを展開している。
    しかし、準防火地域のままでは、新・増築を行う場合、軒裏の化粧板仕上げ、外壁の土壁塗りや腰板張り、外観の開口部についての木製出格子、木製建具の使用などが不可能であるなど、木造あらわしを基調とする伝統的様式の建築が困難であるという問題があった。準防火地域の指定を都市計画として解除すれば、確かに伝統的様式の建築は可能となるが、地域全体として防火性能を低下させてしまう恐れがあり、都市防災上は好ましくない。また、当地域の地元まちづくり組織は、伝統的建造物群保存地区のような、静的固定的な規制による景観保全は行いたくないという意向が強かった。
    そこで、景観に寄与する伝統的様式に限って、防火上の柔軟性を持たせる仕組みが検討され、最終的に、準防火地域を解除するとともに、独自の防火条例(平成14年10月施行)を適用した。これは、相対的には制限の緩和となっているが、法制度上では、準防火地域を解除することを起点にした上で、条例で40条による地方公共団体の条例による制限の附加を行うという、(かなりマニアックな)論理で地区独自の景観保全の取り組みを展開させている。
    このように、我が国を代表する歴史的町並みを保全するためであっても、建築物に「木」を使うことに対する様々な法制上のハードルが存在していた。今後、WASSの研究目的の一つである地域産木材の好循環フローの構築のためには、小手先の法制度の操作ではなく、地域の実情に応じて実質的に取り組みができるよう、「最低限の基準(建築基準法)や「国土の均衡ある発展(都市計画法)」といった法制度の考え方そのものも抜本的に転換していく必要があるのではないだろうか。
  • WASS調査報告:
    秋田県能代市では平成6年度以降、小中学校の改築においては木造化を行う、という方針によって木造校舎が建てられてきました。これまでに5つの小中学校で木造校舎が建てられ、現在も2つの小学校が木造で建設中です。
    近年では、このように地場産材を用いて建てられた校舎がいくつもある地域は珍しく、どのようにして校舎に木材が使われているのかを調べるために、WASSで現地調査を行いました。
    この地域では古い木造校舎も多く、地場産材である天然秋田スギがふんだんに使用されています。しかし戦後になると、校舎は鉄筋コンクリート造のものが多く、木造校舎はしばらくの間建てられていませんでした。
    こういった状況の中で、平成7年竣工の崇徳小学校は、能代市が30年ぶりに建設する校舎であり、また秋田スギを用いた建物にしたいという地元の熱意を受けて、木造(一部鉄骨造)の校舎となりました。この校舎を建築するにあたっては、防火や水廻りなどの木造であることの問題がありましたが、特に木材の乾燥についての問題が木造校舎(公共建築)特有の問題として大きかったようです。
    公共建築の場合、入札後に施工業者が決定することから、木材の発注はその後となるため着工までの期間が短く、乾燥材をそろえることが難しい状況にあります。校舎のような大規模建築では、乾燥材を大量に必要とするためなおさらです。崇徳小学校では、地元の協力もあって木材産業関連団体に事前に準備をしておいてもらうことができたため、工事を進めることが可能となった経緯があります。
    崇徳小学校以降、能代市では4つの小中学校が建てられてきましたが、その中で木造校舎建築に関する課題を乗り越えるために色々な取り組みがなされてきました。
    例えば、発注者、設計者、木材関係者で設計の段階から協力して事前の準備を十分に行ったことなどが挙げられます。また、以前に建てられた木造校舎に対しての検証や分析も行い、施工者も含めた市の公共建築についての研究会なども実施されました。
    そのような過程を経て、設計者も「作りやすく、あたりまえにできること」を考えて設計を行う、などの工夫を行っています。例えば、特殊な寸法の木材の場合、準備をしても使用されなかったときにリスクを伴うことから、定尺材を利用することでこれを回避し、木材を調達しやすい状況を作り出しています。また、次第に木材供給側の理解度も高まり、設計者が木材業者に合わせるだけではなく、木材業者が設計者に合わせることも可能となってきました。その中で生まれたのが下記の常盤小中学校や浅内小学校の木造校舎です。
    しかし、残念なことに現在建設中の2校が竣工すると木造校舎の建築予定は現段階ではないため、これまでに積み上げてきたノウハウが失われていくことが懸念されます。WASSとしても能代市の取り組みを1つの代表的な事例としてを分析し、他の地域での取り組みにも生かせるようにしていかなくてはならないと強く感じています。


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vol.4

木の学校づくりネットワーク 第4号(平成21年1月10日)の概要

  • 巻頭コラム:「”木の学校づくり”の二つの意味」浦江真人(東洋大学工学部建築学科准教授):「木の学校づくり」には二つの意味があります。一つは、「木を使った学校をつくる」こと、もう一つは、「木を学ぶ学校をつくる」ことです。これらに関する情報を収集・発信し「木の学校づくり」ネットワークを構築することが「木と建築で創造する共生社会研究センター(WASS)」の目的です。
    近年、学校建築においても木の活用が進められています。木には柔らかさや温かみがあり、学校建築に木を使うことによって教育環境の向上が期待されています。そして、国産材・地域産材・地場産材の積極的な利用を図ることが望まれており、CO2固定化や環境保全に加え、林業の発展や町おこし・村おこしとしても期待されています。
    木材は生物材料です。鉄筋コンクリート(RC)や鉄骨の鉱物材料や、金属・プラスチック製の工業部材に比べると、同じ規格・性能のものを早く大量に揃えることは容易ではありません。したがって、木の特性や利点・欠点を十分に理解した上で、設計・施工しなければなりません。また、木の活用に学校建築を対象とすることの特徴は、規模が大きく一度に大量の木材が必要であることや、公立学校は公共工事であり工事の発注や木材の調達など、戸建住宅と比べて建築生産の仕組みに大きな違いがあります。このことは、林業経営、素材生産、原木流通、製材加工、製品流通、部材加工、建設、維持管理までの全てのプロセスに関係します。
    これらの情報を木の学校建築に携わる発注者、建築設計者、施工者などに対して提供する必要があります。また、学生に対しても、日本の森林や林業の現状を理解し木を知るために、実際に山を見学したり、間伐や下刈りを手伝ったり、自分たちで木を加工し建物を造ったりする活動をおこなっています。また、小中学校でも木の学校を教材として木・森・環境について学ぶことができます。
    これらは、とても大きな課題ですが、WASSの活動がその解決の新しい糸口になるはずです。
  • 最近のトピックス:平成20年12月18日に福岡県福岡市民会館で日本木材加工技術協会九州支部主催の講演会「木材利用は環境に良い?-そのわけ(理由)と先進的取り組み-」が行われました。
    この講演会は、地球環境の保全や生活環境の向上が求められ、森林の重要性が叫ばれている現状の中で、森林を伐採し、木材として使うことがどのような影響を与えるのかについて木材を取り扱う専門家が講演し、先進的な取り組みの事例などを紹介したものです。
    京大学名誉教授である大熊幹章氏は「地球温暖化防止行動としての木材利用の推進」というタイトルで基調講演を行いました。その中で、林業が現在は森林整備を大きな目的としてしまい、本来の木材生産・利用から離れてしまっていることを指摘されました。また、Carbon Footprint(炭素排出足跡)を木質系材料や住宅などに適用すれば、鉄筋コンクリートや鉄骨などの他材料製品と比較することで木材の優位性が明確に示されるとし、木材利用推進の切り札としてなる可能性があるという考えを述べられました。
    山口県、福岡県を中心とする安成工務店の安成信次氏は、「住環境と木材利用」ということで、国産材を利用した自然素材型住宅を建築する中で、山側と工務店と直接結ぶネットワークを形成し、山とまちの交流をテーマにして行っている取り組みについて発表されました。
    最後に、九州大学大学院教授の綿貫茂喜氏は「ヒトの整理反応からみた杉材の有用性」という講演を行いました。これは、本紙創刊号にてお知らせした記事の内容について詳細に説明されたものです。
    綿貫教授は、木材が経験的、主観的に親しみのある材料であり、非常に身近な存在であったにも関わらず、現在うまく使われていないことに対して、木材を使うことが生理的に良い結果を与えるという客観的な事実が明らかにされていないことが原因の1つであると考えられ、木材の揮発成分、光の吸収特性と生理反応との関係から杉材の生理的効果を検討されました。その概要について、講演会資料の中から抜粋して以下に記します。

    1)木材の揮発成分について

    (1)実験室で、木材から抽出された揮発成分を短時間与えると、左前頭部の脳活動が高まり、免疫活動が高まった。

    (2)木材の長期使用について

    小国杉で製作された学習用机と椅子を長期間使用したクラス(1組)では、その他のクラスよりも免疫活動が増加した。この長期使用中に、中学校でインフルエンザによる欠席者が急増した時期があったが、1組の欠席者は他より少なかった。

    (3)木材の乾燥温度と免疫活動について

    40℃、80℃および120℃で乾燥した杉の床材を中学校1年生の3クラスに各々配置し、クラス間の生理反応を比較したところ、40℃で乾燥した床材を使用したクラスの免疫活動は120℃でのそれより高かった。

    2)杉材の光吸収特性について

    電磁波の中で、380nmから750nmの波長を可視光線と呼ぶが、杉材は短波長を吸収し、長波長を反射する。青色光である460nm付近の光は脳の松果体から分泌されるメラトニンを抑制することが知られている。メラトニンは生体リズムを調節し、メラトニンの分泌が抑制されると質の高い睡眠が得られない。従って、寝室には短波長光を吸収する素材が用いられるべきであろう。そこで杉材にそのような効果があるのかを調べた。実験は人工気候室内の壁に杉材あるいは灰色の壁紙を配置し、間接照明で照らした。その結果、夜間のメラトニン分泌は杉材の方が多かった。また、脳波を測定したところ、杉材の方が適切な覚醒水準が得られることが示された。


  • WASS研究室から


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