vol.27

木の学校づくりネットワーク 第27号(平成23年3月31日)の概要

  • 第3回木の学校づくりシンポジウム報告~地域の取り組み紹介(大分県中津市)~:
    「鶴居小学校体育館における中津市の取り組み~地材地建(中津モデル)~」新貝正勝氏(大分県中津市長):
    地域材の活用が主要テーマということですが、今回私どものほうで造りました鶴居小学校体育館は総木造で、しかも伝統構法を活用し、日本古来の造り方となっております。そして、山国川流域産木材を積極的に使用するということで、いわゆる地域材を使う「地材地建」という考え方のもとに造り上げたわけでございます。
    中津市の概要をご説明いたします。中津市は大分県の北西、ちょうど福岡県との県境にございまして海、山に囲まれています。中津、三光、本耶馬渓、耶馬溪、山国とありまして、一番小さい中津が旧中津市で面積が55km2でした。中津市はこれら下毛4町村と平成17年3月に吸収合併いたしました。面積は9倍の広さ、55km2から491km2になりました。山林の割合は、旧中津市はわずか3%でしたが、合併しまして77.5%が山林とほとんど全てが山林になったわけでございます。そしてこの中をちょうど縦貫する山国川という川があります。これはちょうど山国から源流を発し、この中を通って河口に到達する、中津市だけで流域が構成されるという珍しい川にもなったわけでございます。
    さて、市域の4分の3が山林となり、今大変な状況になっているわけです。そうなりますと、考え方を変えていかなければならない。何とかして木材利用を図っていきたい。そして地材地建で公共建物にもこれを使っていきたいと考えたわけです。
    中津市の山林の状況ですが、平成8年と18年を比べてみますと、非常に大きな違いが出ていることは皆様もご存じの通りでございます。林業従事者は20%減。それから、以前は再造林を放棄するところがなかったわけですが、再造林放棄箇所は52箇所、130ha。ほとんど再造林しようという意欲がわかないというのが現状です。そういった中で木材価格も低下してきております。スギはかつて1万2800円/m3だったのが今7700円/m3、ヒノキは2万4800円/m3だったのが今1万8000円/m3というような形で木材価格も非常に低下してきている。ですから採算に合わない。採算に合わないから造林もしない。そうすると山が荒れていく。これを何とかしなければ日本の国土はいったいどうなるんだということになります。これは今、全国津々浦々で起こっている現象だと思っております。これを国家として何とか再生していく、そして豊かな森林というものをつくりあげていくことが我々にとっての使命であると考える次第であります。
    そういった中で、ではどうしたらいいのかということです。現状における山々について先ほど林野庁長官からもお話がございましたが、実は今、非常にいい木が育っているのです。ちょうど40年とか50年とかのものが一番たくさんあるのです。35年以降のところでは面積的に見ても、大変多くの木々が育っているわけで、ちょうど使い頃のいい物が使われずに放置されているのが現状であります。この現状をやはり打破していかなければならないということでございます。
    そこで公共建物、特に学校といったものに木材を使用していこうということで始めたわけであります。木材を使うときに一番困ったことは、まず、国産材と輸入材との問題です。輸入材は安いという神話があるのですね。はたして本当でしょうか。もう輸入材は安くないのです。国産材と比較しましても、国産材のほうが現状において安くなっている。しかし、一般の人はまだまだ輸入材のほうが安いと思っている方が多いと思います。そういった神話を打破していかなければならない。そして国産材が実は安い、使い勝手もいいということを理解していくことが必要だと思います。
     それからもう一つの常識があります。公共建物を建てるときにRCとか鉄骨で造るほうが普通の建て方なのだ、木造は異質なのだという考え方です。そして常識的に言えば、木造で体育館を造ることになれば、だいたい3割方高くなる。現実にそうなのです。これを変えていかなければならない。
     ですから、鶴居小学校の体育館を造るときに私どもは、どうしたらいいかということを考えました。一番の目標に何を置くか。普通に造ったときには、RCや鉄骨で造ったときと同等か、それ以下の値段で出来上がることが必要だということを一つの目標に置いたわけです。では、そういったことが果たしてできるのかということです。
     そこで、木材利用が進まないことや、一般的な建て方に対して木造で建てたときにどうなるかということで、中津市木造校舎等研究会を設立いたしました。構法等の工夫により、木造校舎等を非木造より安く建設することができないのかということをテーマとして掲げたわけです。そして、市内の事業者を積極的に活用する。地元材を積極的に活用する。ここが一番重要です。それから、建築にかかる質の向上と低コスト化を図る。研究会においては民間事業者が主体となって研究する。このような形で研究いたしました。
     木造がなぜ高いかと言うと、特許を使ったりしているのです。それから乾燥にものすごい時間をかけるといったことで、実は3割方高くなることが多いわけです。ですから、無駄なことはやめようではないか。木材においても一般的に流通している木材を使っていく。乾燥にもあまり時間がかからないようにしていく。そして、特許を使わない。特許を使いますと、後々これはまた大変です。維持管理も大変です。ところが、立派な体育館などを木造で造っているところは、すごいものを造っているのです。見てみますと、特許を使っていたりして、そのことによって高くなっている。ですから、そういうことをやめようということで、研究会で研究してもらいました。
    そこで、研究会で整理されたポイントです。
    まず、無理のない材の選択。地域材で一般的に流通しているものを使おう。材種にしても材寸にしても普通に使われているものを使っていこうではないかということです。
    それから木材調達のタイミングを考える。十分な乾燥期間を確保するためにも早めの手当が必要です。これは予算とも絡んできます。予算はだいたい1年とか、長くても2年ですから、それに合わせて建築しなければいけない。新しいことをやろうとすると新たに設計するだけの時間的余裕がなくなってくるわけです。新しいことをやるためには、今回だけは特別というような時間的な設定が必要になります。ですから研究会を作って、設計者にも、こういう設計でやって下さいというようにやる時間的余裕が必要になる。
    それから在来技術の活用。地域の大工さんで対応できる技術で計画するということです。そうなれば、地域の大工さんが働く余地ができる。地域の経済効果が見込める。また、技能や技術の継承につながると考えたわけです。
    さらには耐久性、メンテナンス計画への配慮。建設コストだけではなくライフサイクルコストで考えよう。そして、ライフサイクルコストから考えても安上がりにできる。そのようなことで検討したわけであります。
    その結果、整理されたことは、中津で産出された原木を使う、中津で加工された木材を使う、中津で流通される資材・器具を使う、中津の技術者で可能な木造建築物を低コストで実現するということでございました。
    そういったことを総合して鶴居小学校体育館ができあがりました。構造的にはアーチ型の伝統的な構法で造っております。一部、鉄の棒なども使っておりますが、無くてもこれはちゃんと出来上がる構造になっているのです。今日は増田先生にもお出でいただいておりますが、増田先生のご指導を得ながら建物を造り上げていったわけでございます。
    鶴居小学校体育館の建設期間は平成20年9月から平成22年2月まで、債務負担行為により2カ年の事業で行いました。建設費は1億6729万円かかりました。ご参考までに、ちょうど同じ規模の体育館をこの数年前に造りました。それはRC造でございましたが、1億8822万円かかりました。比較しますと1割ちょっと安くできあがったわけです。ですから、やろうと思ってできないことはない。普通であれば3割方高いものが1割方安くできたという事例でございます。
    木材使用量300m3ということですけれども、これは製材に換算したもので、実際の原木ですと約600m3を少し超える。ですから、原木にして1800本の原木が使用されたわけです。そして、山国川流域産ということで、これはまた厳密なる検証を行いました。ですから、全然よその木材は入っておりません。これは本物かどうかを全部トレースできます。ものすごい長大なものについては、鹿児島まで持っていってプレカットしたわけですが、これが他のものの中に紛れ込んでしまうと困るわけです。山国川流域産と言って地材地建を標榜しているわけですから、それが他のものとすり替えられたということがないように厳密なる検証ができ、トレーサビリティが完璧に行われるような形でこれを造り上げたわけです。
    以上、鶴居小学校体育館の建設の過程について申し上げました。私どもはこれによりまして、地材地建はやろうと思えばできるという確信を持っておるところでございます。そして今、小学生が非常に喜んでおります。というのは、木のぬくもり、それから特に出来上がりたての木の香りは素晴らしいものがございます。小学生が出来上がったところに入ってきたときにワーッという歓声がわき起こったのです。そのようなことで、素晴らしい体育館を造り上げることができました。
    以上、簡単ですけれども、私からの事例報告といたします。ご清聴いただきまして、大変ありがとうございました。
    (文責:松田)
  • 第25回木の学校づくり研究会より「バイオ乾燥の概要と不燃木材への応用」講師:伊藤隼夫氏(日本不燃木材株式会社社長):
    ■火事を利用した不燃木材
    カリフォルニアの山火事で多くの別荘が燃えた。
    森の中に好んで木造の別荘が建てられる米国では火から守れる別荘をつくりたいという需要がある。就寝時間に火事が襲ってきた場合、15~30分で火が入ってくるようでは逃げることができない。もし10㎝でも、木材に不燃塗料を浸透させることができれば1時間燃えない木材をつくることができるといわれている。しかし米国農水省白書によれば、木材に塗布した薬剤は約2mmしか木材に浸透しない、木材を減圧した場合でも5mm程度しか浸透しないとされている。また木材を高温乾燥機にかけた場合、木材の中の薬剤はとんでしまい、残っている場合でもモルダーをかけるとほとんど残らないというのが現状である。これまで日本でも欧米でも塗っただけで不燃木材とする技術の開発は不可能に近いと考えられてきた。そのような背景から米国の不燃木材の研究者からの共同研究の提案を一旦は断るものの、後に火事の際の熱を利用して木の中に薬剤を入れるという発想に思い当たった。
    火事の熱を受けて木材の表面が高温になると、木の細胞の中に不燃材が入り込み、木のごく表面が燃えるだけの不燃木材となる技術である。その技術のもとには木の中の水の流れをコントロールして薬剤を細胞の中に留めるという発想があった。                                    ■木の中の水を制御する
    全ての細胞には細胞膜があり、その中には水が含まれていて、浸透圧によって水は濃い方から薄いほうに移動する性質がある。これまで木の細胞に含まれる水も浸透圧によって膜の間を移動していると考えられていたが、7年前に米国の研究者によって水チャンネルが発見された。木の細胞内にはバクテリアやウィルス、菌類等から身を守る免疫機能をもったリグニンや蟻酸などを含む結合水があり、水チャンネルが開くと結合水が細胞膜から外に出され、やがて道管を通って木の外に出てゆくことになる。高温乾燥・減圧乾燥だと木の細胞をばらばらに壊さないと中の水ができず、細胞を破壊するときに蟻酸が出てしまう。蟻酸のような酸は、バクテリアや菌類を殺せるような強さをもっている一方で、木の外に出ると、様々なところを酸化させてしまうという悪影響をおよぼすものでもある。細胞膜の中に入っている水だけを外に出すことができれば、酸化による影響を回避することができ、また細胞を破壊させずに生のままの強度を保つこともできる。水チャンネルの開閉をコントロールすることでそれを実現にしたのがバイオ乾燥の技術である。一般に乾燥後の木材の含水率は15%程度とされているが、バイオ乾燥を行えば含水率は6~7%となる。
    ■バイオ乾燥の実用性
    バイオ乾燥材は蟻酸が出ず、狂いが少ないことから特殊な木材を扱う東京文化財研究所や文化財建造物保存技術協会などで採用されている。また文部科学省が奨励し、博物館・美術館でのバイオ乾燥材が使われる動きがある。高温乾燥機を使用した場合、一週間から10日の乾燥と一週間の養生が必要となる大径木でもバイオ乾燥機の場合は2週間乾燥させて、翌日には製品として出荷することができる。浜離宮の松の茶屋では200年保つようにと注文を受け、構造材を不燃材料として処理した他、江戸時代の小屋組も背割りは入れずに処理できた。約40度で仕上げると細胞の中に入っていった薬剤が結晶化し、半永久的に細胞の中に留まる。通常30~40℃程度と高温の環境を必要としないことから、棒状のヒーター以外の機械類を必要とせず、施設も木造とすることができるため高額な設備費はかからない。現在、学校に使われている不燃系の木材の9割は外壁も含め実際に燃えてしまう。学校は学生や地域の方が使う場所。何とか燃えない安全な学校をつくれないかという思いがあり、バイオ乾燥技術の普及に取組んでいる。
    (文責:樋口)


※パスワードは「wood」

vol.26

木の学校づくりネットワーク 第26号(平成23年2月19日)の概要

  • 第3回木の学校づくりシンポジウム 「木の学校づくりは志 山とまちをつなぐ『地域材』の活用」 概要報告:

    1.29WASSメッセージ
    東洋大学 木と建築で創造する共生社会研究センター(WASS)

    WASSは、三つの志をもっています。
    一、「地域材」による木の学校づくりをしようとするところを応援する志
    二、山の木を活用し、再び木を植え・育てる林業の循環を応援する志
    三、森と学校、山とまちをつなぐ物語づくりを応援する志

    WASSは、どこでも、どの自治体でも、「木の学校づくり」が実現できるようにするために三つの実践をします。
    一、WASSモデルの「木の学校づくり」を、これまでの調査・研究で集めた「知恵」と「各地のキーマン」をつないで実現します。
    二、全国の、山林に関わる”川上”、製材・乾燥・加工・家具など”川中”、そして、設計・施工など”川下”の人々から意見や取組みを集め、WASSモデルの山と木のネットワークをつくります。
    三、全国の首長、自治体の行政担当者、教育委員会に、WASSから山と木の地域ネットワークグループを紹介し、木の学校づくりによる、山とまちが連携する糸口を「仮想流域モデル」としてつくります。
    2011年1月29日 第3回木の学校づくりシンポジウム

    「1.29WASSメッセージ」は、平成23年1月29日に東洋大学白山キャンパスのスカイホールにて開催した第3回木の学校づくりシンポジウム「木の学校づくりは志 山とまちをつなぐ『地域材』の活用」(主催:WASS、後援:林野庁)の最後にシンポジウムのまとめとして木の学校づくりに対するWASSの志と今後の活動における決意表明を発表したものである。
    このシンポジウムはタイトルに示されるように、多くの課題の中から特に「地域材の活用」を一つのテーマとしている。地域材を活用することは、その意義については理解が得られやすいが、一方で木材の品質や量の確保、地域の体制やスケジュールなど個々の条件に応じた工夫を求められることも多い。
    そして、木の学校づくりのシステムが整っていない状況で、その目標を達成する上で様々な困難があり、実現に向けて木の学校づくりの意義を忘れないで進めていく高い志が必要となる。また、地域ということを閉鎖的、限定的にとらえずに山とまちがそれぞれの情報を十分に共有し、志をもって地域間をしっかり繋いでいくことが大切なことである。
    そこで、今回は地域材が活用された木の学校づくりの紹介とともに、その中で直面する課題について各事例を通して示してもらい、WASS、パネリスト、会場も含めてディスカッションを行った。
    当日、会場には木材関係者、設計者、行政関係者など、遠方よりの来場者も含めて200名を超える方々が参加した。
    シンポジウムはまず冒頭で、林野庁長官の皆川芳嗣氏と文部科学省大臣官房文教設企画部長の辰野裕一氏からの来賓挨拶が行われた。皆川氏は、かつては木造校舎を通じて得られていた木や森との絆が失われてきた状況の中で、公共建築物木材利用促進法など「非常に大きな反転のチャンスを迎えているのが今の時代」と述べ、また、辰野氏は「各地域における学校というものは木から出発している、そこに根ざしている」ということで「木材の利用・活用の推進に力をいれていきたい」と木の学校づくりに対するエールが送られた。

    地域の取り組み紹介
    続いて、地域材を活用して木の学校づくりを進めてきた地域である大分県中津市と秋田県能代市の各市長によって、それぞれの取り組みが紹介された。
    中津市は市町村合併により山林が市の77.5%を占める地域となり、木材を学校などの公共建築物に使用する取り組みが始まった。そこで、RC造等の現在主流となっている建物と同等、それ以下の値段で建設することを目標に、市内の業者が参加する中津市木造校舎等研究会が作られ、木造での建設における検討が行われた。ここで整理されたポイントとして「無理のない材の選択」、「木材調達のタイミング、乾燥期間の確保」、「在来技術の活用」などがあり、地材地建での木造体育館を低コストで実現する運びとなった。
    能代市では木都である地域を再び活性化させたいという思いから木の学校づくりの取り組みが始まり、現在は建物16校中7校が木造となっている地域である。平成6~12年の草創期は木造によるコストアップ、木材の調達、木造の建築技術といった課題に直面する中で木造校舎の建設が進められていった。平成15~18年の転換期ではコストを抑えるために地元産材を使いながら、工法を工夫して木の学校づくりが行われ、草創期と比較するとコストを削減することに繋がった。そして現在はその次の段階として、これまでの木の学校づくりの課題の検証を行った上で、関係者による木材品質の共通理解、必要木材数量の事前公開などの取り組みが新たに行われている。
    以上のように両地域ともに、コストを下げながら木の学校づくりを実現するための工夫が行われていることが示された。

    PD「地域材による木の学校づくりの課題と方策」
    続く、このパネルディスカッションでは中津市と能代市で木の学校づくりを行った設計者によって、設計の際の課題と工夫として以下のような例が示された。
    ・地域の現状を把握するため、原木、製材、大工、施工業者などの現状調査を行った。
    ・大工との打ち合わせでは設計図だけではなく、納まりや手順などについて大工の提案も受け入れながら検討を行った。
    ・材料強度が不明なので、材料試験を行った。
    ・市場に流通している一般住宅に使用される材料を用いる設計とし、木材調達におけるトラブルを回避した。
    ・木材納入の窓口となる流通業者が現場への納品前に自分達の基準で返品などを行ったことがあり、関係者の共通認識のもと現場監督や設計者、設置者が見て基準を決定するようにした。
    ・大量の木材の準備期間が2~3ヶ月しかなかったことから、着工の6ヶ月前に数量公開を行った。
    ・現場で手戻りや無駄が出ないように、木拾い表や施工図の早期作成を施工者に求めた。
    ・普通の大工が誰でもできるような在来構法での設計を行った。
    また、「地域材による木の学校づくりにおける設計者の役割」ということに対して、言葉の違いはあれど、各パネリストは「全ての分野にある程度精通するコーディネーター」ということを挙げていた。

    PD「山とまちをつなぐ新しいしくみの創出」
    中津市、能代市では地元の木材を用いた、地元の業者による木の学校づくりの試みであり、お互いに共通する課題や工夫が見られた。それらを踏まえた上で、ここでは林野庁、製材所、設計者の方々をパネリストとしてむかえ議論が行われた。
    そして、今後の木の学校づくりを見すえた新しい仕組みを考えていく場合の大きな問題点として次の3つの項目が示された。

    ①必ずしも全てを地元でまかなうことができない
    ②地元の需要はあるところで限られている
    ③地域内で成功した仕組みを他の地域に展開できるか

    これに対してWASSは各地域の山とまちをつなぐ「仮想流域」という考え方の提案を行った。将来的に森林の整備が確実に行われ、材料が確実に確保でき、山に確実に再造林されるという循環が達成されるまでは、地域材に焦点を当てていかないと木材利用の流れをつくるのは難しい。そこで、木の学校づくりを進めるにあたって、「木材はあるが建物需要がない山」と「建物需要があるが木材がないまち」とをネットワークでつなぎ、再造林まで含めた循環を地域間で構築する、地域材で山とまちをつなぐという考え方である。パネリストからは、こうしたネットワークをつなぐ役割やそのための情報発信をWASSが果たしていくことに対して期待が寄せられた。
    そして、最後に紙面冒頭に示した「1.29WASSメッセージ」が発表され、シンポジウムの終了となった。

  • ~みなと森と水サミット2011開催~:
    2011年2月9日から19日まで東京都港区で第4回みなと森と水会議が開催された。初日の9日には港区エコプラザにおいて武井雅昭区長をホストとした全国各地の23の自治体の首長とのサミットが開催され、都市における木材の活用による日本の森林再生と地球温暖化防止への貢献を掲げた「間伐材を始めとした国産材の活用促進に関する協定書」への調印式と今回より参加した自治体の首長による地域紹介、これからの都市部と山間部の交流に関するフリーディスカッションが行われた。最後に首長たちによって「みなと森と水サミット2011宣言」が発せられ、10日間にわたる会期の初日を飾った。
    今年度より参加した自治体は長野県信濃町、岐阜県高山市、東白川村、和歌山県新宮市、島根県隠岐の島町、徳島県三好市、那賀町、高知県馬路村、四万十町の9市町村で、竹島を抱える離島でありながら林野庁の助成を受け、近年木質バイオマス事業に取り組む隠岐の島町の他、木造の小中連係校を建設中の三好市や村民の6割が林業従事者で、村内に新築される木造建築に檜の柱80本を進呈する取り組みを続けている東白川村等いずれも地域材の活用に熱心に取り組む自治体ばかりであった。
    フリーディスカッションでは前回までに参加していた自治体の首長を中心に各市町村の取り組みや、みなと森と水ネットワーク会議(英語名:Unified Networking Initiative For Minato “Mori”&”Mizu”Meeting略称Uni4m)への期待が述べられた。象徴的な発言としては飛行機による移動により港区との庁舎間の移動時間が近隣の自治体より近いという北海道紋別市の宮川良一市長による人的交流への言葉で、交通網を背景に港区や他の自治体と組んだエコツアーの企画や、森林セラピー、農商工連携など木材にとどまらない市民参加の多面的な交流への期待が述べられた。他方、参加自治体が増えると港区からの受注競争がより厳しくなるという率直な指摘も出されており、各地から地域材の性能、規格、価格、供給可能量が提示され、「みなとモデル二酸化炭素固定認証制度」に基づく協定材の運用が実施された際に、地域材の流通プロセスを公正に築き、港区が各自治体とどのような連携を築けるのか、地域材活用モデルとしての実体が注目される。最後に掲げられた4つの宣言文すべてに以下のように組織の実行力を意識した「体」という文字が用いられ制度の構想から実行へ移ろうとする意気込みを伝えていた。

    【四万十町より提供された檜材で作られた協定書のカバー】
    「みなと森と水サミット2011宣言」より抜粋
    一つ、すべての自治体に開かれた「運動体」であること
    一つ、精神的にも体力的にも自立した「事業体」であること
    一つ、お互いの文化を認め合い支えあう「共同体」であること
    一つ、自治体の枠組を超えて一致する「連合体」であること

    (文責:樋口)

  • 第24回木の学校づくり研究会より「持続可能な森林経営・木材利用と循環社会」 講師:藤原 敬氏(ウッドマイルズ研究会 代表運営委員、全国木材協同組合連合会 専務理事)
    ■地球環境時代の始まり
    1980年代前半に各国の森林管理当局の担当者が直面した課題として、1988年をベースにしたFAO(国連食糧農業機関)の熱帯雨林調査の報告書の発表と同時期に作成されたアメリカ合衆国政府の「西暦2000年の地球」という報告書の問題提示があった。その中で毎年日本の国土の3分の2程度の熱帯林が急速に減少しているというデータが発表され、それ以降、各国で様々なレベルの議論があった。1992年の地球サミットでは途上国との政治的なバランスを考慮し結局は実現されなかったものの、地球環境条約、生物多様性条約が提起され、その前年には森林条約も提起されていた。それまでローカルな問題であった森林の問題が大きな国際問題として認識されるようになったのはこの頃である。近年では中国の植林がグローバルな森林面積の増加に寄与しているが熱帯雨林の減少はとまっていない。
    ■木材利用促進と環境保護
    現在IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)等は20 世紀の間に12倍になった化石燃料の使用量を21世紀中に半減させる目標を示し、原子力エネルギーへ依存する方向性も模索しているが、21世紀後半にはバイオマスエネルギーの活用が必要となり、そのために木質資源が重要になってくるという見方が一般的である。そのため木材利用の促進は環境政策として定義されているものであり、木材業界の支援のための産業政策としての動きではないことを確認しておきたい。また現在地球上でCO2が増加している主たる理由は、化石資源の燃焼であるが、その5分の1程度が熱帯雨林の伐採に伴うものであるといわれている。そのため熱帯雨林をどのように安定させていくかが課題となっており、木材の利用推進と持続可能な森林の運営が裏腹の問題となっている。
    ■トレーサビリティを担保するしくみの模索
    国際的に熱帯雨林の破壊を防ぐしくみを構築するためにも、木材を循環型社会の資材と見なすためにも、木材生産に関わる環境負荷を明確にすることが求められている。また既に日本の建築物に関する環境性能評価基準CASBEE*や先行するイギリスやアメリカの基準の中では持続可能な森林から産出した木材への評価とローカルな資材の活用という概念が含まれている。日本の木材輸入量はアメリカ、中国に次いで世界で3番目。輸入量に距離を掛けてマイレージを算出すると、日本はアメリカの4倍のマイレージをかけ木材を使用している現状がある。そのためトレーサビリティを確保して環境負荷を明示していくことが重要になる。それを担保する手法として、国際的な認証基準にもとづいてメーカーや木材業者を認定して繋ぎ、最終的に自治体や消費者に対してグリーン購入法にもとづいて所定の森林から産出した材であることを認定する方法や、木材製品に産地やCO2排出量を示すラベルを貼るカーボンフットプリントのような方法があり、エンドユーザーに生産に関わる環境負荷の情報を如何に伝えるかが共通した課題となっている。ただし木材の場合は製造元の大規模な施設で製造される鉄等と異なり、伐採地の森林と加工施設、機材を持ち込む場合等生産の経路が複雑でコントロールすることが難しい。また国産材と輸入材を比べた場合、これまでは輸入材の方が国産材よりもCO2排出量が多いと想定されていたが、木材乾燥に重油を用いると大きな負担となることがわかった。厳密には海路と陸路、輸送車両の規模によりCO2排出量は異なるため、カーボンフットプリントが普及していくと新たな議論が生じることになる。このような課題を背景にクレディビリティの点から、まず近くのものを使っていくことが重要だということがコンセンサスになっている。
    *Comprehensive Assessment System for Building Environment Efficiency
    (文責:樋口)


※パスワードは「wood」

vol.25

木の学校づくりネットワーク 第25号(平成22年12月18日)の概要

  • 第3回木の学校づくりシンポジウム開催のお知らせ
  • WASSの提案~「地域材」を用いた木の学校づくり~:
    ■木の学校づくりを取り巻く社会状況
    学校は子ども達の教育の場として地域の人々が一体となって作り上げていくことが多く、木材が利用された学校づくりが各地域で行われている。また、その際には地域のシンボルとなる建物であることから、地元の木材を利用されることが多い。今年の10月には公共建築物木材利用促進法が施行され、今後は全国的にも木の学校が多くなる方向に向かうと考えられる。一方で、木造建築に対する構造や防火における建築基準法上の制約、建材としての木材品質基準の確保、木材産業の衰退などの社会的な状況が木の学校づくりの上で大きな課題となっていることも確かである。
    WASSでは木の学校づくりを主軸として、木を建築に使いやすいような共生社会システムの構築を大きな目的としており、ここでは「地域材」を用いた木の学校づくりを提案する。
    ■「地域材」を用いる意義
    一般流通材としての国産材ではなく「地域材」を対象としているのは、以下の点で「地域材」が地域の循環に欠かせない要素であるからである。
    ・山の循環:
    伐採→利用→植林のサイクルを成立させることで山の保全とともに地域の環境を守る。
    ・経済の循環:
    川上から川下まで地域に関わる業者の経営が成り立つ。山の循環のためには対象とする山の林業関係者に植林のための元手が残ることが大切。
    ・技術の循環:
    木の学校づくりに関わる地元の林業、製材業、建築関係者が持つノウハウ・技術を伝承する。
    ・社会の循環:
    子供たちに持続可能な未来を託す。将来的には国産材を用いて、日本全体での循環が成功することが重要であるが、現在の状況から地域の循環をその第一歩とすることが共生社会システムの構築につながると考えている。
    ■地域材を用いる際の現状と課題
    一方で、地域にある木材に限って木の学校づくりを進めるためには、現状では様々な困難がともない、それぞれに工夫が必要である。木の学校づくりでは
    ・必要な大量の木材を必要な時期に集めることができるか?
    ・適切な品質の木材(樹種、断面寸法、スパン、ヤング係数、強度など)が手に入るか?
    といった課題があるが、市町村という狭い地域であることにより、これらの課題はより大きな影響を及ぼすことになる。
    例えば、地域の森林蓄積量が限られている、または製材工場の規模、数が限られているため、必要量の木材を入手することがもともと困難である可能性がある。また、要求されている木材の品質を満たすことができるかどうかもJAS認定工場や集成材工場の有無に左右される。以上の内容は地域の範囲を市町村から県単位に拡大しても発生する課題であるのが現状である。
    こういった状況の中でそれぞれの地域で木の学校づくりに取り組んだ事例を以下に紹介する。
    ■大分県中津市鶴居小学校体育館の建設
    山間部の町村と合併して地域林業に振興に直面することになった中津市では、地域林業の活性化と山林資源の有効活用を目指し、「地材地建」をモットーに市内の学校施設への地元産材の利用の計画が立てられた。学識経験者、地元業者(設計事務所、建設業、木材業)に参加を呼びかけ「中津市木造校舎等研究会」が発足し、木材を活用した木造校舎等の建設構法の研究として、近隣や遠方の林産地における木の学校づくりに取り組みへの視察やアンケート調査が行われた。研究会活動を通じて見えてきた主な課題点として①無理のない木材の選択、②木材調達のタイミングへの配慮、③在来技術の活用が上げられた。具体的には①は地域で一般流通している材種、材寸、強度、価格を無理なく設計に反映させること、②は長大材や多量の木材の短期間の調達は困難であり、特に乾燥の期間に充分に配慮すること③は地域への経済効果と技術・技能の伝承に配慮して地域の大工で対応できる在来技術を活用することである。プロポーザルにより選ばれた地元の設計者から山国川流域の県産材のヒノキとスギを用いた総木造の屋内運動場案が計画された。コストの抑制も見込み、金具の代わりに伝統的な仕口加工が採用され、地域の技術を活かされることになった。木材調達については、木材の性能評価の方法と乾燥、製材、加工のプロセスを検討する「地材地建の達成に向けた市内業者等勉強会」が開催され、2カ年事業とした初年度に冬季伐採が行われた。その一方で、一般に流通していない長大材の使用分部が多くなったため、その部材の加工と乾燥のために鹿児島県の木材業者に特殊加工を発注することになった。こうして中津市が目指した「地材地建」の取り組みの目的を達しつつ屋内運動場は建設された。しかしそのプロセスでは技術力のある他県の業者との連携がなければ実現しなかった点をどうとらえ今後の取り組みにつなげるかが課題点として残された。
    ■秋田県能代市における木の学校づくりの蓄積
    実は林産地であっても地域内の木材で完結するような「地材地建」の姿を見ることは少ない。秋田スギの産地として知られ90年代以降木の学校づくりを継続的に7棟建設してきた秋田県能代市では、いずれの学校においても県産のスギと併用してベイマツの集成材が主要構造材として用いられてきた。現在の学校の教室を設けるためには、およそ8mスパンを架け渡せる強度の木材がまとまって必要となるが、住宅等で用いられる一般流通材よい強く長く、太い木材が必要となるため、特殊な発注となるため、必要となる木材の量を賄うことは容易ではない。そのため能代市では学校の建設が決まると基本設計がまとまるとホームページ上に必要となる木材の量を公開し、あらかじめ業者内で調達の準備を促す工夫が見られるが、設計変更の可能性や求められる性能と量の問題から木材調達の負担の大きい横架材には、あらかじめ強度や供給体制が安定した集成材を用いている。敢えて地域だけでまかないきらないこと。これが地域材を活用しつづけつつ設計者、製材業者、発注者の負担を軽減するために、自らの木材供給の実態を熟知した地域が、選択してきた方策である。
    ■「地域材」を用いた木の学校づくり
    地域で工夫を行いながら地域にある木材を用いた木の学校づくりを実現した事例を見てみると、地域の中だけで対応できた部分、対応しきれなかった部分が存在する。このように地域の中だけですべての課題を解決しようとすることは困難であることが多い。そこで自分たちで対応可能な部分とそうでない部分を明確にし、対応しきれない部分は他の地域の助けを受けながら木の学校づくりを進めることが重要となる。つまり、地域の概念を従来の範囲から広げ、ネットワークを通じてつながっている他の場所も含めて地域としてとらえる“開かれた「地域」”という考え方が必要となる。そして、ここでは“開かれた「地域」”において用いられる木材を「地域材」として扱う。
    この考え方は、山林を持つ地域における木の学校づくりとともに、都市部などの森林資源を持たない地域においても適用することが可能である。例えば、都市部の木の学校づくりでは、自治体内に山林を持たないため様々な地域から木材を調達することになるが、どの場所にどのような木材がどれだけあるかが分からなければ、必要な量及び品質の木材を調達することができず、大きな困難をともなう。そのため、都市部と山側とがネットワークを構成することが重要となる。そこでは、山側は供給可能な木材の情報を提供し、その中から利用者が必要な木材を選択できるようにしなければならない。また、一方で都市部では今後の事業の内容と方針を開示する必要がある。こうして、都市部が信頼できる山から供給される「地域材」を用いることで、必要な木材を調達することが可能となり、都市部における木の学校づくりを進めていくことが可能となる。また、一方で山を持つ地域も安定した木材供給が見込め、山の保全や木材産業の継続的な経営につながる。
    このようにネットワークを介して各地域がつながることによって“開かれた「地域」”が構成され、木材を必要とする地域にそことは離れた場所にある林業の盛んな地域から木材が供給されるような木材活用のあり方を仮想流域構想として提案する。
    仮想流域構想で特徴的な部分は、山を持たない地域も木材供給地域の山林を自分の「地域」の山としてとらえ、「地域」全体としての循環を考えていくことにある。つまり、トレーサビリティによる供給される木材の確実性やそれにともなう山への経済的な還元、伐採及び植林による山の循環など「地域」の持続可能な未来がなければ、いずれ「地域」の関係性もなくなり、現状へ逆戻りすることになる。このように、山から乾燥、製材、木材利用までお互いに顔の見える関係を構築し、再造林へつながるような仕組みとすることが非常に大切である。
    また、こうしたネットワークを都市部が複数持つことにより、競争原理により一方的な価格の上昇を抑えられ、品質の面でも多様な要求にあった木材を選択することができ、大規模生産が可能な流通材だけではなく、地域特性に応じて細かい対応が可能な小規模の製材所が活躍できる可能性がある。
    仮想流域構想が成立するためにはネットワークとなる対象地域の選定や範囲、トレーサビリティ等の具体的な手段の整備、山の循環につなげるための経済的な還元システムの構築など様々な課題がある。これらのことを踏まえた上で、WASSでは今回提案したこの概念が実現し、現在大多数である鉄筋コンクリートの校舎と同様に普通に木の学校建築が建てられ、持続可能な社会を作り上げることにつなげられるように様々な問題に取り組んでゆく。
  • 第24回木の学校づくり研究会より「集住の木造欧州の事例から中層木造の在り方を考える」講師:網野禎昭氏(法政大学デザイン工学部教授):
    ■伝統木造にみる多層化の意義
    近年、ヨーロッパでは木造建築で7〜9階建ての木造建築が建てられるようになってきた。ヨーロッパでは歴史的にも16世紀に7階建ての木造建築ができているので、今の中層木造の流行もあまり違和感がないのかもしれない。一般的には山岳地とか城趾内や都市部のような土地の高度利用から木造が中層化したということが考えられるが、実際には広い牧草地の中にも中層の伝統的な木造建築が建てられていることから、木造を大きくしていくことで、外部に接する壁量を減らしたり、暖房設備を共用することができ、施設をたくさんまとめていくことでインフラを効率化したりする効果があったのではないかと考えられる。またそれは暖房や冷房のエネルギーを節約しなければいけないという私たちが直面している状況に対する課題点でもある。
    ■現代の地域インフラに見る多層化の意義
    オーストリアの林山地では林の中に小さな街が点在するような地域ながら3~4層の町役場が建てられている。田舎に大きな建物を建てると、多機能化することになり、カフェや幼稚園、図書室、オフィスと様々な機能が組み込まれることで、子供がいなくなったら廃校というような建物ごと閉じるような状況を無くし、建物の価値を長寿命化することができる。建物を一つにまとめ多機能化させて、外皮をコンパクトにする一方で、敢えて大きな面積を作ることで、屋根に大規模な太陽電池の装置を備え周囲の家に電力を供給したり、地下にペレットボイラーを備えることで、仕事帰りの林業従事者が出す大鋸屑ゴミなどを投げ入れてもらい町役場の周辺の建物の暖房をまかなっている。中高層というと私たちは直ぐに都会を思い浮かべるが、大きな建物を造るメリットを建物単体だけではなくて、周りの地域も含めてつくり出すことで、過疎地域や林業地域などで様々な可能性を見出すこともできる。
    ■住環境・施工をふまえた構造形式の選択
    中高層というと地震国日本では構造耐力に目が向けられるが、実は集住を考えたときに断熱や音など環境という要素が非常rに重要になってくる。環境基準を満たすために、断熱材が厚くなるとそれを支持する間柱が太くなり、間柱自体が載荷能力の高い枠組み壁になってしまい、構造体と間柱が重複する状況が生じてしまうからだ。実際ヨーロッパでは1990年代〜2000年の初頭に体育館をやっていた木造専門の構造事務所が最近は環境設計、物理設計まで一緒にやるようになってきた。また壁や床といった構造エレメントの工場生産による施工の経済性の追求されるようになると、建物のそれぞれの部位に求められる構造性能、環境性能、施工性のバランスの中でエレメントごとに構造を決定する設計手法がみられるようになる。
    ■ブームで終わらせない木造建築の在り方
    1990年代後半は日本もヨーロッパもヘビーティンバーブームで大断面集成材の建物が建てられたが、ヨーロッパでは1998年くらいを境に無くなり、それまでドーム建築を設計していたところが、集合住宅やオフィスや学校などより日常的な人間の生活に結びついたものにシフトして、木造建築の体質の変革がおこった。そして木造建築で学校や集合住宅を建てられる事がわかると設計手法の普遍化が議論になった。一方で日本ではまだ木材会館のように高度な木材の使い方と技術を用いたシンボルを作ろうとしている。公共建築木造化法が施行され、日本でも大規模木造建築が建てられるようになった後、誰がその担い手になるのだろうか。主に在来工法構法をやってきた大工が、対応できるのか疑問も残る。日本では高度技術を統合して適正化することが話題にならないが、集合住宅や学校は私たちの生活の一部を作る場所であり、特殊解では困る。そういう意味で今日本は非常にデリケートな時期に差しかかっている。
    (文責:樋口)


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vol.10

木の学校づくりネットワーク 第10号(平成21年7月11日)の概要

  • 巻頭コラム:「木・共生学データベースの試み」篠崎正彦(東洋大学理工学部建築学科准教授、建築計画学):
    WASSはオープン・リサーチ・センターとして開設されています。この「オープン」には研究を大学内のみで展開するのではなく、社会との境界を開いていく(オープンにしていく)という意味が込められています。社会との境界を開くことで2つの流れが生まれます。学外の幅広い人材との共同研究(外→中への流れ)と、研究成果を広く社会に公開していく(中→外への流れ)という2つの流れです。
    「外→中の流れ」については、様々な場で活躍される方々を客員研究員として招いているほか、講演会・シンポジウムを通して多くの関係者のご意見を伺うことにより木とそれを取り巻く社会のあり方について広い視野で研究が進められています。
    一方、「中→外の流れ」では、研究成果を論文や発表会という形で公表することはもちろんですが、木と関わる現場、教育に携わる現場により近い所で成果を利用してもらえるようにする必要があるとも感じています。そのような試みの一つとして、「木・共生学データベース」の構築があります。
    木を使った学校建築を作ろうと考えても、どの様な事例があるのか、どのように木を用いているのか(構造では?、内装の仕上げでは?)、コストはどうなのか、学校の規模や所在地域ごとに差はあるのか、等様々な疑問が浮かびます。また、短期間に大量の木材を準備できる生産者がいるのか、自治体による木材利用促進施策はどうなっているのか、まちづくりとの関わりはどうなっているのかなど、浮かんでくる疑問は限りなくあります。
    木をもっと取り入れた学校を作りたい、木の利用を図ることで環境共生的な地域づくりを進めたいと考える人は多くいますが、この様な基本的な情報を共有した上で議論を進めることが、より有意義かつ効果的な実践に結びつくのではないでしょうか。
    「木・共生学データベース」は、上に挙げた疑問になるべく応えようと、様々な事例を分かりやすく整理し(誰でも使える)、インターネットを通じて利用でき(どこでも使える)ようにしようとするものです。今年度ではこれまでWASSに集まった学校建築の事例を公開しようと作業を進めています。引き続き、木づかいを促進しようとしている団体や自治体の施策についてもデータベース化を進めたいと考えています。
    少しでも内容が充実し、かつ、誰もが使いやすいデータベースを構築・公開することでWASSの目的である「木材の利用を通じた共生型地域社会の実現」に貢献できればうれしい限りです。
  • 最近のトピックス:「第8回 木の学校づくり研究会報告」:
    2009年6月13日に行われた「第9回 木の学校づくり研究会」では、 構造家の増田一眞氏より、「木造校舎の構造設計と課題-大分県中津市鶴井小学校を例として-」という題目で、構法論・形態論をふまえ、無垢材による伝統木造の特徴と木造校舎の実例についてご講演をいただきました。
    ■集成材と無垢材、現代木構造と伝統木造はどう違うのか?
    耐久性、無垢材の寿命は法隆寺が実証しているように千数百年、一方集成材はせいぜい50年しかもたない。接着材を用いることで、木本来の寿命を縮めることなる。さらに接着材を用いることで劣化の進み具合を判断しにくくなり、突然の崩壊を招く場合もある。また集成材は設備費用の償却、独占価格により、無垢材より高額なうえ、廃材処理に有効な方法がなく費用も高くかかる。さらに刃物で加工するのが困難なため、集成材が普及すると大工の仕事が奪われてしまう。伝統木造は無垢材の特性を生かす構造を隠さないため大工は腕をふるうことができる。またメンテナンスが容易で、解体移築が可能。また根曲がり材も適材適所に配置することで、合理的な構造体をつくることもできる。現代木造が平面的な構造体であるのに対して、伝統木造は腰壁、垂れ壁、袖壁等を含め、柱の曲げ抵抗を生かす立体的な構造である。先生のご指摘通りであれば何故、現代木造が普及するのか不思議ですらある。
    ■日本の場所討ちコンクリート造から見えること
    戦後、日本は伝統木造の継ぎ手仕口による緊結手法を省みず、コンクリート造の場所打ち一体性に希望を見出した。場所打ちのコンクリート造の耐久性はせいぜい60年。プレキャストコンクリート造の場合は、理論上必要な水セメント比に近い値で施工可能なので、約9000年の耐久年数となっている。水を絞ることで強度を高めることができ、コンクリートの断面積を半減させることができる。しかし一般的には場所打ちコンクリート造が普及定着している。さらに一般的な日本の建設現場では、型枠は使い捨てされているが、集成材といえども、大量消費の時代は終わっている。一方、プレキャストコンクリートの場合はジョイント部分を外すことで解体移築も可能である。つまり伝統木造と同様に部材を取り外すことで行うことができる。ヨーロッパでは殆どの現場がプレキャストコンクリートを用いて構築している。日本では木造においても、コンクリート造においても素材を効果的に生かすことができていない。
    ■鶴井小学校の事例について
    間伐材は弱齢で赤みが少なく、建築材料としては劣る。鶴井小学校では間伐材であっても、材をつないでいくことで、長いスパン、大断面に匹敵する構造材をつくれなか試みた。そして現場で4寸の板を重ね、熱を加えながら、Rに沿わせて蒸し、何枚も曲げ加工をしたうえで、ダボで縫い合わせ、アーチ型の合成張をその場で加工した。
    ■学校の計画の課題と提案(質疑応答より)
     鶴井小学校のプロポーザルから建設までの経緯や具体的な構法に関する質問が出されたが、他の学校の計画にも生かせるような汎用性に関する質問について増田先生は以下のように述べられた。現在の建築指導課の体制では、無垢材による学校づくりの要望が通りにくい。地元の山では資格を持って製材している者はいないのに、木材自体は天然の素材にJAS規格のような工業規格を要求めるのは基本的に間違いではないか。代わりに設計者に材料試験(強度・ヤング率)を義務づければ良いことだと思う。また工務店に複雑な構造計算をやれといっても無理があるのなら、縮小模型実験を計算の代わりに義務づけて実験的に証明すれば良いのではないだろうか。
  • 調査研究報告:「木材切り出しの現場から」:
    埼玉県のある山で木材切り出しの現場を見学しました。ここでは間伐のように、山主に指定された木のみを一本一本切り出していました。また、周辺の木を傷つけないように切り、枝の絡みなどを取り除きながら、斜面や隣地境界線の木を運び出せる状態にするまで一本につき30分はかかっていました。これらの手間を考えると、決して効率が良いとは言えず、皆伐にはない様々な苦労がうかがえます。


※パスワードは「wood」