木の学校づくりネットワーク 第35号(平成23年11月19日)の概要

  • ドイツフォレスターが語る森づくりシンポジウム:
    10月28日、高山市内の体育館で日独森林環境コンサルタント代表の池田憲昭氏、地元の極東森林開発(株)の中原丈夫氏とドイツ人フォレスターとオペレーターを招いた岐阜県が主催するシンポジウムが開催された。まず目を惹いたのは、報告者全員が身に着けた派手なユニフォーム。池田氏は日本とドイツの林業や林業従事者に向けられる意識の違いについて触れ、都市の未来を決めるのは農村地域の人たちであり、持続的な林業を行えば自然と経済効果が生まれる産業と林業従事者がプライドを持って作業に従事することの大切さを訴えた。シンポジウム後半の主題は道づくり。中原氏は道の中央を高くした屋根型排水作業道や暗渠を多用して、雨水の管理を徹底した欧州型の作業道の整備により、天候に左右されにくい安定した施行が可能となり、収入も安定すると林業における道づくりの重要性を指摘した。またフォレスターからは、戦後に植林された単層構造から樹種構造を豊かにし、急峻な日本地形にあった害のない森づくりを行う必要性と道づくりを充実させ国民の森林経験を高める必要性、さらに多面的な知識を学び、森林経験の豊富な地域に密着した人材の育成の必要性が指摘された。
    切り捨て間伐の残材の解放やレクリエーション等、整備された道は安定した林業の実現とともに市民と森林の結び付きを深め、多面的に森林を知り活用していくためにも有効だろう。
  • WASSへの投稿文:「公共建築物等木材利用促進法の制定と今後の展開」今泉裕治(林野庁整備課造林間伐対策室長):
    私は、平成20年5月から22年7月まで林野庁木材利用課に在籍し、政権交代直後の21年の年末からは、「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」制定のための庁内専任チームの一員として、政府提出法案のとりまとめ、関係省庁との折衝、国会審議及び議員修正への対応、国が定める基本方針の策定といった作業にたずさわりました。
    また、この間、ご縁があってWASSの活動にも公私両面から関わらせていただきました。
    今回、貴重な紙面を与えていただきましたので、公共建築物等木材利用促進法の制定を中心とする施策の動向、さらにWASSの成果も踏まえた今後の展開について、思うところを述べさせていただきます。
    木促法の制定前夜
    私が木材利用課に着任したころ、国産材(用材)の年間利用量は、平成14年に約1,600万㎥で底を打ってから若干上向きに転じていたとは言え1,800万㎥前後にとどまり、木材(用材)自給率も2割を少し超えた程度で低迷している状況でした。
    そのような中、林野庁では、学校等の公共施設の木造化や内装の木質化の推進を通じて地域住民に木の良さをアピールするとともに、森林・林業の重要性に対する理解を醸成する観点から、文部科学省と連携して学校建築の計画・発注担当者を対象とした「木材を活用した学校施設づくり講習会」を毎年全国で開催してきたほか、「エコスクールパイロット・モデル事業」などを通じて地域材を活用した公共施設の整備に補助金を支出し支援してきました。
    そのような努力もあって、昭和50年代までほぼゼロであった公立学校施設(小中学校)の木造率が平成20年度には10%に達するなど一定の成果が見られたものの、公共建築分野全体の木材利用は、地域材の利用に「こだわり」を持つ一部の自治体の取り組みなどに限られてきたというのが実態ではないかと思います。
    国産材の利用促進を図ることは、やっと利用期を迎えた我が国の人工林資源を「活かすか、殺すか」に関わる重大な課題として、政治的にも関心が高まってきていましたが、林野庁においても、(恥ずかしながら)いったい何が隘路になっているのか、何から手をつければ良いのかといった実態の分析・整理が十分できていたとは言い難く、私自身も「暗中模索」の状態というのが実際のところでした。
    WASSの活動に参加して
    私とWASSの出会いは、偶然インターネットで第1回WASSシンポジウム(平成20年10月)の案内を見つけ、何かヒントが得られないかと「藁をもすがる思い」で飛び入り参加したのが最初でした。
    以来、WASSの活動には公私両面から関わらせていただき、現職に異動した後も意見・情報の交換をさせていただいていますが、このことは、私自身にとって大変貴重かつ幸運な経験になっています。
    私がWASSの活動に参加して見えてきたこと、学んだことは色々ありますが、痛感したことの一つとして挙げられるのは、私自身を含め多くの林業・木材関係者が、公共建築に木材が使われないことを嘆く割には建築の設計や発注、施工の現場の実態について不勉強で知らないことが多いということでした。他方、建築関係者サイドにおいても、積極的に木材の利用に取り組んでいる建築士などでさえ、森林や林業、木材についての知識が必ずしも十分ではないケースが多いということも分かりました。
    さらに、これら関係者間の理解不足や共通認識の欠如が、地域社会の持続的な営みの一部となるべき公共建築における木材利用を単なる目先の利益の確保の場に貶めることさえ往々にしてあるということも知ることができました。
    このようなことを通じて、私は、公共建築と木材の生産・供給に関わる幅広い関係者が、自然素材である木材の特性(長所も短所も含め)や林業・木材産業に内在するさまざまな課題を理解しつつ、相互の信頼と共通認識のもとで木材利用に取り組むことが重要であると強く意識するようになりました。
    公共建築物等木材利用促進法に基づく国の基本方針の「2(3)関係者の適切な役割分担と関係者相互の連携」には次のように記述されています:
    ・・・木材製造業者その他の木材の生産又は供給に携わる者、建築物における木材の利用の促進に取り組む設計者等にあっては、国又は地方公共団体を含め、相互に連携しつつ、公共建築物を整備する者のニーズを的確に把握するとともに、これらニーズに対応した高品質で安価な木材の供給及びその品質、価格等に関する正確な情報の提供、木材の具体的な利用方法の提案等に努めるものとする。
    これは、基本方針の原案作成を担当した私がWASSで得た上記のような考えをもとに記述したものであり、(今読み返してみると言葉足らずの感を強くしますが、)私個人としては、同基本方針の中で最も訴えたかったポイントであることを強調したいと思います。
    公共建築物等木材利用促進法がもたらすもの
    農林水産省・林野庁では、平成21年秋の政権交代以降、「森林・林業の再生」をキーワードに、林道や作業道等の林内路網の整備と高性能な林業機械の導入・普及、高い技術・技能を有する人材や地域林業の中核的な担い手たる林業事業体の育成、さらには安定的・効率的な木材の加工・流通体制の整備、国産材の需要拡大などに包括的に取り組むこととして、森林・林業政策の見直しを進めてきました。
    公共建築物等木材利用促進法の制定は、これら政策見直しの先陣を切って検討が進められたものですが、その検討過程は、これまで林野庁が国会に提出したことのある森林・林業関係の法案とはまるで異なるものとなりました。
    林野庁自体はこの法案が対象とする公共建築物を直接所管しておらず、政府として同法案を閣議決定し国会に提出するためには、建築行政や官庁営繕等を所管する国土交通省、学校施設や社会教育施設を所管する文部科学省、社会福祉施設や医療施設を所管する厚生労働省、国家公務員住宅を所管する財務省など、各省庁の理解と協力が不可欠であり、これら省庁との折衝に骨を折ることとなりました。
    そのようなことから、当時のある林野庁幹部は、この法案の作成を「完全アウェーの戦い」と表現したほどでしたが、結果的にこの法律は林野庁(農林水産省)と国土交通省の共管法となり、紆余曲折はありましたが他の省庁の理解も得られ、これまで林野庁のほかごく一部の省庁に限られていた公共建築物における木材利用の取り組みが、法の制定によって一気に政府全体の取り組みに生まれ変わった感がありました。
    また、同法案は、国会において一部修正の上、衆参両院とも全会一致で可決成立しましたが、このことは、昭和25年の衆議院による「都市建築物の不燃化の促進に関する決議」や昭和30年の閣議決定 「木材資源利用合理化方策」等から始まった木造公共建築の長い暗黒時代の終焉を告げるものと感慨深いものがありました。
    この法律の施行から一年余りを経過した本年11月15日現在、35都道府県で同法に基づく公共建築物における木材の利用の促進に関する方針が策定され、残りの府県でもそのほとんどで今年度中に方針を策定すべく作業が進められています。
    これは、国と同様に都道府県においても、公共建築における木材利用が、林業関係部局限定の取り組みから、関係部局を横断した全庁的な取り組みへと昇華したことを意味します。
    今後は、公共建築物の多くが発注・建築されている市町村や私立・民間の学校、老人ホーム、病院といった建築物にも木材利用の輪が広がることが望まれます。
    新たな「木の文化」へ - WASSの成果を踏まえて
    WASSは、「学校建築を主軸とした『木・共生学』の社会システムの構築と実践」をテーマとし、「『木』を取り巻く様々な分野を横断的な思考で捉え、現在から未来にわたって持続可能な循環型、共生型地域の実現に寄与する建築ものづくりネットワークの提言」を目標に掲げています。
    これは、資材としての木材をどのように扱い、どのようにデザインし建築基準をクリアするかといった、これまで木造建築の分野で語られることの多かった純工学的な議論とは一線を画すものであり、まさに新たな「木の文化」の構築に向けた取り組みと評価できます。
    公共建築物等木材利用促進法の制定による公共建築の歴史の転換とWASSの取り組みが時を同じくして展開されたことは、偶然ではなく必然だったのだろうと思いますが、あらためて、WASSに対する文部科学省の時宜を得た支援に敬意を表する次第です。
    今後、WASSの「木・共生学」の理念や、WASSが種をまき育てたネットワークなどの成果をさらに発展させ、近い将来、新たな「木の文化」として花開かせることができるよう、関係者一同の一層の努力が求められています。
    私自身もその実現に向け、引き続きWASSその他の関係者の皆様と協力して、公私両面にわたり取り組んでいきたいと考えています。公共建築物等木材利用促進法については、以下もご参照ください。
    林野庁: https://www.rinya.maff.go.jp/j/riyou/koukyou/
    末松広行・池渕雅和: 逐条解説 公共建築物等木材利用促進法、大成出版社、2011年8月


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